第7話 お飾りの婚約者
ジョゼフィーヌとフェルディナンは交流をはかるため、定期的に二人でお茶会をすることに決まった。
記念すべき、一回目のお茶会は、フェルディナンの招待を受ける形で王宮の庭園にて行われている。
「いいお天気ですね」
「ああ」
「お庭に出られることは、よくあるのですか?」
「いや、そうでもない」
「「……」」
とにかく、会話がつながらない。ジョゼフィーヌは手持ち無沙汰でクッキーをパクパク食べる。フェルディナンも無言で紅茶をゆっくり飲んでいた。
その様子を見かねたのか侍女ではなく、フェルディナンの側近であるクレマンが焼き立てのアップルパイを運んできてくれた。
「ジョゼフィーヌ様、こちらはトネリコバ侯爵領のリンゴを使ったアップルパイでございます」
「侯爵領のリンゴを用意して下さったのですね。殿下に食べて頂けるなんて光栄ですわ」
「そうか」
「殿下はこの時期になると毎年侯爵領のリンゴを好んで食べていらっしゃいます。そうですよね、殿下?」
「ああ」
フェルディナンはそれだけ言って美しい所作で、崩れやすいアップルパイをきれいに食べはじめた。さっきまで無表情だったのに、幸せそうな顔をしてアップルパイを食べるフェルディナンの姿に、ジョゼフィーヌは思わず見惚れてしまう。
「食べないのか? アップルパイは苦手か?」
フェルディナンが、手が止まっているジョゼフィーヌに声をかける。
「いえ、大好きです」
ジョゼフィーヌは見惚れていたことに気づかれたくなくて、慌ててフォークを握ってアップルパイを食べた。アップルパイはリンゴが甘酸っぱくて、生地がサクサクで、とても美味しい。
「どうだ?」
「美味しいです」
「そうか」
フェルディナンは一瞬だけジョゼフィーヌに笑顔を見せて、またアップルパイに視線を戻してしまった。
(もう一度こっちを見て下さらないかしら?)
ジョゼフィーヌはそんなことを考えてしまって顔を赤くする。
アップルパイはこの日からジョゼフィーヌの特別な食べ物になった。本当はアップルパイを食べていたフェルディナンが特別になってしまったのだけれど……
「「……」」
お茶会は盛り上がりに欠けたまま終了した。結局、フェルディナンから話しかけられたのは、アップルパイに関することだけだった。
ジョゼフィーヌは屋敷に戻ってから、それに気がついて不安でいっぱいになった。
(もしかして、わたくしが婚約者になったことを、殿下は不満に思っているのかしら?)
今日のお茶会を思い出してみると、フェルディナンが婚約を喜んでいるとは思えない。
場所は婚約者選定のお茶会と同じで薬草園のそばであったのだが、芍薬の花はすでに見頃を過ぎてしまっていて周囲に咲いている花はなかった。
花のない庭園でのお茶会は、普通に考えると、歓迎していないという無言のメッセージだ。フェルディナンが無表情で座っていたことも、それを裏付けているように思う。
国内のバランスを考えると、トネリコバ侯爵家から婚約者を選ぶのが一番妥当だ。政略的な婚約だと考えれば、すべてに納得がいく。
(もしかして、調印のときに見せた笑顔も皇帝陛下がいらしたから、無理なさっていたのかしら?)
ジョゼフィーヌは、一気に現実に引き戻された。調印式の笑顔だけで浮かれてしまった自分が恥ずかしい。それでも、ジョゼフィーヌに芽生えてしまった、フェルディナンへ淡い恋心は消すことができなかった。
そんなジョゼフィーヌに追い打ちをかけるように、ジョゼフィーヌを貶める噂が立ちはじめる。
『侯爵に取り入った美貌で皇太子を誘惑したのかしら』
皇太子殿下と婚約者のお茶会があまりうまくいかなかった事が外に漏れてしまい、フェルディナンに遠慮していた人々が態度を変えたのだ。
フェルディナンの同世代の女性たちは、ジョゼフィーヌよりずっと前から皇太子妃を目指して勉強してきた。その者たちからすれば、急に現れたジョゼフィーヌに横から婚約者の座を奪われたようなものだ。
そういった背景からもジョゼフィーヌをよく思わない者が多く、噂を広げるのに一役買ってしまっていた。
『殿下はお茶会での所作があまりに酷くて婚約を後悔されているらしいわよ』
ジョゼフィーヌは聞き流そうと努力した。
『元々は男爵家出身らしいわよ。教養がないのも肯けるわね』
でも、聞こえよがしの噂はジョゼフィーヌの弱いところを突いてくる。
フェルディナンは使えない人間には、とことん冷たいらしい。フェルディナンにこれ以上幻滅されたくない。ジョゼフィーヌは焦りばかりが膨らんでいった。
皇太子妃教育に熱心に取り組み、屋敷に戻ってからも所作などを磨く日々。
その後もフェルディナンとのお茶会は定期的に行われたが、ジョゼフィーヌは今度こそ失敗できないとガチガチに緊張してしまい、うまくできなかった。それをまた噂され、次はさらに緊張するという悪循環。
数年後、ジョゼフィーヌは涙ぐましい努力の結果、完璧な淑女と呼ばれるまでになっていた。しかし、ジョゼフィーヌが心からの笑顔を見せることもなくなっていた。
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