第8話 王族の観劇【フェルディナン】
フェルディナンは執務室で休憩時間にクレマンとお茶を飲んでいた。フェルディナンは寛いできたところで、クレマンに声をかける。
「ジョゼフィーヌと観劇に行こうと思うんだが、どうだろう?」
ジョゼフィーヌと婚約して数年が経つ。しかし、最初のお茶会で薬草について話すつもりが、緊張して何も喋れないまま終わって以来、婚約者と呼ぶには、よそよそしい関係が今でも続いてしまっていた。
そのため、周囲には政略的な婚約だと思われている。貴族の中には、ジョゼフィーヌを軽く扱うものまでいるのだ。
ジョゼフィーヌはフェルディナン自身が望んだ婚約者だ。フェルディナンがジョゼフィーヌを守る盾になるためにも、何とかして関係を改善したかった。
ジョゼフィーヌはフェルディナンと一緒にいても、いつも緊張している様子で、『ピエール』として会ったときのように愛らしい表情を一度も見せてくれない。
場所を変えれば、少しは一緒にいる時間を楽しんでもらえるのではないかと考えたのだ。女性がどんな話を喜ぶのか分からないフェルディナンにとっても、観劇は会話が少なくて済むので都合が良い。
「観劇とは良いお考えです。流行っている劇団を至急調べさせましょう」
「いや、必要ない」
クレマンも2人の関係に気をもんでいたのだろう。すぐに嬉しそうな顔をして、仕事に取り掛かろうとするので、フェルディナンはもう一度座らせる。
トントン
クレマンが不思議そうに首を傾げたところで、タイミングよく、フェルディナンが呼んでいた人物が来たようだ。
「エルネスト様がいらっしゃっております」
「通せ」
近衛騎士が声をかけてきたので、エルネストを部屋に招き入れる。クレマンに怪訝そうに見られて、神経質そうな細見の青年が居心地悪そうに頭を下げた。
「今日からお世話になります」
「伯爵家の次男でエルネストだ。俺の仕事を手伝ってもらう」
「は?」
「人手がほしいと言っていただろう」
珍しく察しの悪いクレマンが眉間にシワを寄せて、エルネストを見ている。
フェルディナンがいれば書類仕事は問題ない。しかし、クレマンはフェルディナンの考えを把握している人間が複数いないと、いざというとき、すぐに人を動かすことができず不便だといつも言っている。
婚約者選定のお茶会以来、ダミアンも執務室に出入りするようになったが、父親である宰相のもとで学んで欲しいこともあるので、ずっと、この部屋にいるわけではない。
普段の煩わしさを優先してフェルディナンはそれでも人を増やしてこなかった。しかし、フェルディナンの苦手分野を補える人材ならば話は別だ。
「観劇の話をしていたのではなかったんですか? ……そういえば、劇団の支援に積極的な伯爵家がありましたね」
「やっと、気づいたか」
エルネストの父である伯爵に話を持っていった時には、長男を進められたが、フェルディナンには凡人は不要だ。エルネストは人見知りは激しそうだが、頭は回る。
「エルネスト」
「こちらがいま人気のある演目です」
エルネストがクレマンの横に座って、いくつかのパンフレットを机の上に並べる。
「お忍びならこの辺り、王族として観劇なさるなら、この辺りでしょうか」
エルネストはパンフレットを2つに分ける。
「ジョゼフィーヌ様とご一緒でしたら、仲が良いことをアピールして頂いた方がよろしいかと」
クレマンの助言にフェルディナンも頷く。
「王族席がある、素人でも分かりやすい演目はどれだ?」
フェルディナンは視察の名目で観劇にも行くが、ジョゼフィーヌはあまり娯楽を知っているようには思えない。
「婚約者様をお連れするなら、こちらがおすすめです」
エルネストが示したのは、この国で一番大きな劇団の恋愛劇だった。今、ご婦人方には人気が高いらしい。
「では、これにしよう。観劇のための手配はエルネストに一任する。他の仕事はクレマンの指示に従ってくれ。良いな」
「「畏まりました」」
お茶を飲み終わった頃、エルネスト用の机が運び込まれてきて、それぞれの仕事に取り掛かった。
「ジョゼフィーヌ様が関われば、人を増やせるのか」
クレマンが笑みを浮かべて呟いていたが、フェルディナンは聞かなかったことにしてやった。
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