第14話 夢に見るのは……
ジョゼフィーヌは何度も何度も夢を見た。朦朧とする意識の中で、手を伸ばすと握り返してくれる優しい手。ジョゼフィーヌの大好きな萌木色の瞳が、ジョゼフィーヌを心配そうに見ている。そんなこと、現実ではあり得ないのに……
「そばに……いて……」
それでも、ジョゼフィーヌはフェルディナンの幻に縋ってしまう。そうすれば、抱きしめてくれると知ってしまったから……
「俺はいつでもお前の味方だ」
フェルディナンの幻影はジョゼフィーヌを抱きしめて、耳元で優しく囁いてくれる。ジョゼフィーヌは、その言葉に安心して、もう一度瞳を閉じた。
ジョゼフィーヌは朝日を浴びて、久しぶりにはっきりと目を覚ました。どのくらい寝ていたのか分からないが、身体が固まっていて横を向くのも億劫だ。
(ここはどこかしら?)
「ジョゼフィーヌ様、まずは着替えましょうね」
軽くノックをして入ってきた侍女たちが、ジョゼフィーヌの返事を待たずに、ジョゼフィーヌに触れる。
「あなたたち……だれ?」
ジョゼフィーヌは声が出しにくくて、やっとそれだけ言った。
見覚えのない侍女たちが、ハッとしたようにジョゼフィーヌから距離をとって頭を下げる。
「良かった。お目覚めになったのですね。返事も待たずに、お身体に触れてしまい申し訳ありません。お医者様をお呼びして参ります」
ロザリーと名乗ったまとめ役らしいふくよかな侍女の指示で、若い侍女が一人部屋から出ていった。
ロザリーは目尻に皺を寄せて、ジョゼフィーヌを安心されるように微笑んでくれている。ジョゼフィーヌ付の本邸の侍女達とは違い、ジョゼフィーヌへの敵意は感じない。年齢は、ジョゼフィーヌの父親とそう変わらないだろうか。
「私たちは、7日ほど前からジョゼフィーヌ様のお世話を任されております。何かございましたら、いつでもお声掛け下さい」
「7日まえ?」
「はい。ジョゼフィーヌ様の許可も取らずに申し訳ありません」
ジョゼフィーヌは王宮で倒れて、ずっと意識がはっきりしない状態だったようだ。話を聞いていると、ロザリーたちに世話をしてもらっていた記憶があるような気もしてくる。
「お世話になったのね。ありがとう」
ジョゼフィーヌは手伝って貰いながら白湯を飲んで、ホッと息を吐く。
見慣れないこの部屋は、トネリコバ侯爵家所有の別邸の一室であるとロザリーが教えてくれた。最初に暮らした別邸とは違う場所のようだが、この屋敷も王都内にあるらしい。ジョゼフィーヌは静養のために本邸から場所を移されたようだ。
着替えも手伝ってもらったが、それなりの人数が働いているのに、見たことのある本邸の侍女が一人もいない。
「わたくしの担当だった侍女たちの姿が見えないようだけど?」
「はい、担当から外れております。ジョゼフィーヌ様を煩わせることはありませんので、ご安心下さい」
「それならいいわ」
侯爵に解雇されたのだろうか。薄情かもしれないが、ジョゼフィーヌは詳しく知りたいとも思わなかった。
「そうだわ、皇太子妃教育……」
ジョゼフィーヌはよく覚えていないが、倒れた日に王宮に行ったのは皇太子妃教育のためだった。体調が悪いのは分かっていたが、本邸の部屋に居たくなかったのだ。
「皇太子殿下から、しばらくゆっくり休まれるようにと伝言を預かっております」
「殿下から?」
ジョゼフィーヌは、知らない間に半年にもおよぶ長期休暇を言い渡されていた。
「殿下はジョゼフィーヌ様のことをとても心配されていましたよ」
(本当かしら?)
フェルディナンの普段の態度からは想像もつかない。ロザリーはジョゼフィーヌに気を遣って、そう言ってくれているのだろう。
表向きは王宮の改装で警備の人員が取れないためらしいが、ジョゼフィーヌが倒れた事で、フェルディナンに呆れられてしまったのかもしれない。
「婚約を解消されてしまうのかしら?」
ジョゼフィーヌはただの養子だ。トネリコバ侯爵家と縁を結びたいのだとしても、ジョゼフィーヌにこだわる必要はない。
「ジョゼフィーヌ様?」
「なんでもないわ、ロザリー。大丈夫よ」
独り言をロザリーに聞かれて、ジョゼフィーヌは慌てて笑顔を貼り付ける。
(覚悟しておいた方がいいわね)
フェルディナンのことを考えるとジョゼフィーヌの胸がチクリと痛む。フェルディナンと離れたくないと思っている自分に、ジョゼフィーヌは嫌でも気付かされた。
(ヴィクトワール様のこともあるのに、図々しい願いよね)
全てはフェルディナンの気持ち次第で、ジョゼフィーヌには抗う術はない。
ジョゼフィーヌは今後のことを考えたくなくて、医師の診察が終わると、ロザリーに言われるがまま、薬を飲んで眠ってしまった。
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