第5話 婚約者候補【フェルディナン】
婚約者選定のお茶会当日、フェルディナンは変装をして会場である庭園に向かっていた。
現在では、持つ者さえ少なくなった魔力を自在に操るフェルディナンには、自分の体型を偽る事ができた。顔が変えられなかったとしても、3倍に太った姿で鬘をかぶれば、同一人物だとは判断しにくい。この魔法が一般的ではなくなった現在においては尚更だ。
「本当にその姿で行かれるのですか?」
「ああ。小競り合いが起こらなければ、着替えてくる」
クレマンが一応聞いてきたが、フェルディナンがサラリと言えば、そのまま後ろを黙ってついてきた。
フェルディナンの姿絵は出回っているし、高位貴族とは普段から会っているので、その子女には痩せた本来の印象が植え付けられている。ばれない自信はあった。
その予想は正しく、フェルディナンが会場に堂々と入っても、皇太子だと気づくものはいなかった。会場がすでに混沌としていたのもあるが……
「ちょっと、あなた、わたくしを誰だと思っているの?」
「図々しい女ね。たかが子爵令嬢のくせに!」
美しく着飾った令嬢たちが、数ヶ所で揉めている。思った通りの状況にフェルディナンは、げんなりした。
そんな中でも落ち着いた様子で座っている令嬢も何人かいた。その筆頭は公爵家の姫君たちで、どちらもフェルディナンの従姉妹だ。2人は騒がしい女性たちを無視して、優雅にお茶を飲んでいる。
次に身分が高いのは、トネリコバ侯爵令嬢のはずだが、どう過ごしているのだろう。
フェルディナンには面識がないので、席次表を思い出して、会場の隅に視線を移した。
そこに座っていた少女は、仕立ての良いドレスを着て、キラキラと目を輝かせながら、薬草園を眺めていた。
(あれが、侯爵令嬢か?)
手入れの行き届いた金色の髪は、日の光に反射して桃色の不思議な輝きを放っている。くりくりと大きなチョコレート色の瞳は好奇心で一杯だった。
(何を見ているんだろう)
フェルディナンは令嬢の値踏みも忘れて、少女の席に近づいた。芍薬が見頃だったため、お茶会は薬草園に近い位置で開かれている。しかし、少女の視線の先には花はない。
フェルディナンは少女の目を楽しませているものに興味があった。
「私はピエール。何を見ているのか聞いてもいいか?」
フェルディナンは決めてあった偽名を口にする。その声に反応して、薬草園に夢中だった少女が驚いたように振り返った。それでも、すぐに立ち上がって美しい淑女の挨拶を返してくれる。
「ジョゼフィーヌ・トネリコバと申します。わたくしが見ていたのは……申し訳ありません。この場に招待されているような高貴な方にお聞かせするような話ではありませんでしたわ。どうか、忘れて下さい」
恥ずかしそうに、はにかんだ顔が可愛くて、フェルディナンは自分の顔が赤くなっていることを自覚する。
「私は気にしない。君が嫌でなければ、教えてくれないか?」
フェルディナンはジョゼフィーヌと同じ世界が見てみたかった。ジョゼフィーヌは戸惑っていたが、笑顔で促すと恥ずかしそうに説明をはじめた。
「ここで栽培されている植物が、市井でよく食べられているものだったのです。王宮でも同じ物が栽培されているとは思っておりませんでしたので、興味深く拝見しておりました」
「市井では食事に使うのか。私には薬の材料という認識だったが……」
「そうなのですか? どういったときに処方されるのでしょう?」
ジョゼフィーヌはキラキラとした瞳でフェルディナンを見つめてくる。フェルディナンはその瞳に内心ドキドキしながら、平静を装って王宮での使用方法を説明した。ジョゼフィーヌは嬉しそうに相槌を打ちながら聞いている。
フェルディナンが市井での使い方について質問すると、今度はジョゼフィーヌが詳しく市井の食事について話してくれた。その内容はフェルディナンにとって興味深かったが、それ以上に恥じらいながら話すジョゼフィーヌにフェルディナンは興味を惹かれてしまった。
「殿下、そろそろ」
クレマンに耳打ちされて、フェルディナンは、この場にいる理由を思い出す。少し話すだけのつもりが、かなり時間を使っていたようだ。
フェルディナンはジョゼフィーヌに断りを入れて会場の外に出た。
「話が弾んでいたようですね」
「侯爵家の令嬢だから、俺の婚約者に丁度良いだろう?」
「では、そのように」
クレマンがあまりに嬉しそうな顔をするので、フェルディナンは居心地が悪くなって視線を外した。
「婚約者をお決めになったのでしたら、お茶会には、きちんとした形で出席して頂かなければ困りますよ」
「分かっている」
皇太子としてジョゼフィーヌと出会わなければ、婚約者に据える理由がない。面倒だが、フェルディナンらしい姿で会場入りする必要があるだろう。
フェルディナンは魔法を解いて、服を着替えると再び会場に戻った。騒がしいだろうと思っていた会場は、お茶会らしい雰囲気に変わっている。
「随分、静かだな」
「ダミアン様が対処して下さいました」
お茶会の警備にあたっていたフェルディナンの護衛隊長アンリが耳打ちしてくる。アンリは、さりげなくダミアンの座る場所をフェルディナンに示した。
他の子息たちとお茶を飲むダミアンは、周囲の者に比べて落ち着いた雰囲気を持っていた。
ダミアン・クロビイタヤ。皇帝の一番信頼している側近、クロビイタヤ侯爵の長男だ。
「宰相の息子か。面白くないな。別室に待機させておくべきだったな」
「そうなりますと、今も騒がしいままだったかと……」
残念ながら、他にこの場を治められる人間はいなかったようだ。フェルディナンは子息たちを見回してため息をつく。
「使えない奴ばかりだな」
宰相の息子であるダミアンが優秀な事は、すでにフェルディナンの耳にも入っていた。他の人材が見つかればと思っていたが、そううまくはいかないらしい。
(今日は、ジョゼフィーヌと出会えたのだから充分だな)
そう結論付けたフェルディナンは、適当に招待客の相手をして、その日のお茶会を終えた。
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