概念
「佐江島、あれ見て。あの花綺麗。」
学校への道中、そう言って道端にあるピンク色の花を指さす。
「それ概念だよ」
また出た。意味不明な発言。
「あっそ」
もう対応するのも疲れた。
「花は綺麗っていう概念を形にして目に見えるようにしてるってことでしょ?」
そう言いたかったんでしょ? とでも言いたげな口調だが、全く違う。ただ花が綺麗だから佐江島にも見てほしかっただけだ。
「はいはいそういうことでいいよ」
「なにその言い方。そっちから話ふっかけてきたクセに」
ぷいっ。……ちょっと、かわい。
「ごめんごめん、ちょっと戸惑っちゃったからさ」
佐江島のかわいさには弱い自分が情けない。
「ぬふっ。概念☆」
キラリとウィンクしてみせる佐江島。すぐに調子に乗るのはよくないところだ。
「そういえば今日午後雨降るって」
まだ雨の気配のない空を見上げて呟く。
「概念」
はぁ。ため息をつくとまた怒りそうだから心の中に留めておく。
概念とは同類のものに対していだく表象や決まりごとみたいな意味だったように思う。そんな言葉を日常で使う人はあまりいないだろう。
「あの、普通に会話してくれない?」
試しにそう提案してみる。
「つまり、概念」
ああ。駄目だ。佐江島がこのモードになったときは自分の中の流行りを外に出し切るまで元に戻らない。二ヶ月前くらいには語尾にいちいち「のん」をつけるのが五日間続いた。一緒に帰ろうのん。明日の昼休みは図書室に行こうのん。みたいな具合に。
その前は歩くときに一歩ずつ脚を外に蹴り上げるようにしてから地面につくというわけのわからない歩き方をして筋肉痛になっていた。
今回は受け答えに必ず「概念」というワードを使うという阿保みたいなことが佐江島の中で流行っているのだろう。まったく、君は一体何歳なんだ。まったく……。
「概念だね」
佐江島に合わせてそう言ってみる。
「概念」
「あー概念」
「うん、概念」
なんなんだこの会話は。これがまた数日続くのかと思うと絶望的に面倒くさい。
「じゃ、またあとで」
「概念」
一日目。
「おはようさん」
「概念さん」
誰だ。
二日目。
「おっはよーう」
「がが概念」
噛んでやがる。
四日目。
「今日どこ行こうか?」
「うーん、概念」
どこだよ。
七日目。
「概念ー」
「概念ー」
……。
八日目。
「概念ー」
「おはよう」
「あ、戻ったんだ」
チッ。僕だけ概念とか言って恥ずかしいことさせやがって!
「ねぇ、今日一緒にお昼食べようよ!」
「う、うん。いいよ」
ああ。駄目だ。佐江島のかわいさには敵わない。
つまり、かわいいという概念を形にしたのが佐江島ということか。なるほど。
は?
……で? またまた何が言いたかったのかわかりません。
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