ヒーローごっこ(2)
週明けの月曜日の昼休憩。
僕は教室で昼食を摂る
グループの三人に近寄り、声を掛けた。
「ねぇ」
たった一言で彼らは振り向いた。
その表情は様々だったが、
どれもが歓迎していないものであることは明白だった。
「黒田くん。水山くん。高野くん。あのね、」
ああ酸素が足りない。
勇気も使い果たした気分だ。
だけど、胸の辺りにある温かいものを感じて、
もう一度勇気を振り絞った。
「もう、いじめなんて止めてよ」
途端に彼らの見る目が怒りで満たされていった。
これでいい、
怒りの矛先は僕に向くべきものだったから。
「……ずっと。みんなのやってることは
間違ってるって分かってたのに、言えなくてごめん。
それからね、あのとき声を掛けてくれたこと、
今でも感謝してるよ、すっごく嬉しかった。
だから、そんなみんなに
『いじめ』なんて格好悪いこと、
してほしくないんだ」
こんなこと言ってただで済むとは思っていない。
さすがにこれ以上は怖くて、目を瞑った。
教室にいた他のクラスメートまでシンと静まり返る。
みんなが三人の一挙一動に集中している最中、
黒田くんが口火を切った。
「…………なんだ、はっきり言えるんだな。
俺らといるとき、何か言いたそうにしてるのに、
気い遣ってなんも言わないとか、
そういうのにイラついてた。
それなのに嫌いにもなれないから、
ムカついてどうしようもなくて……
その、鈴木と関わるようになってからは、
急に俺らに反抗するようになったり、
自分の意見を言ったりするようになった!
なんで俺じゃなくて、鈴木のせいで変わるんだよ!!
なんで俺じゃなくてっっ!!!!」
悲嘆と涙するような声音が
一瞬のうちに怒声へと変貌する。
胸倉を掴まれるかと思ったが、
いくら待っても何も起こらない。
恐る恐る目を開けてみると、
眼前には鈴木くんの背中があった。
「全く、佐藤は無茶な真似するなぁ。
それに、黒田もだけど」
鈴木くんは呆れたような声を出すと、
黒田くんとの距離を詰め、
牽制しているようだった。
「ねぇ黒田? 俺言ったよね。
次、佐藤に何かしたら、
――に――が――ってバラすって。
それとも……バラしてもいいの?」
黒田くんは無言のまま青ざめていった。
鈴木くんは彼に背を向けると、
にこっと笑みを向けてくれた。
「多分もう大丈夫だと思うよ。
今のうちに、言いたいこと全部言いなよ」
僕は頷いて、蹲る黒田くんに歩み寄った。
「友達なのに、
今まで止めてあげられなくてごめんね。
もし、黒田くんたちさえよければだけど、
また今度みんなで遊びに行こうよ」
「……これからも、遊んだり、
普通に話しかけたりしてもいいのか?」
「もちろん! これからもずっと友達だよ」
彼は戸惑ったように、笑っていた。
一段落したからと僕は彼に背を向けて、
パンを食べようとしていた鈴木くんに語り掛ける。
「助けてくれてありがとう。
いじめられてたのを助けられなくてごめんね。
こんなこと言うのは今さらだけどさ、
――僕と友達になってくれませんか!」
告白じみた気恥ずかしさ溢れる台詞。
恥じらえば恥じらうほど恥ずかしいのに、
どうしても顔が見られなくて。
「いいよ」
そう言ってくれたときの顔を
見られなかったことを少しだけ後悔した。
これで一連の出来事は収束を迎えたのだった。
****
後日談。
あれ以来、僕は「stray sheep」が
大のお気に入りとなり、
少ない小遣いで入り浸るようになっていた。
人目を気にしつつ、
カウンターで一人宿題をこなしていく。
黙々と英文の翻訳を行っているうちに、
客数が減っていき、
気付けば客は僕一人となっていた。
「どうした、テスト勉強か」
「はい。もうすぐ期末テストがあるんです。
でも、なかなか進まなくて……」
僕の話を聞いて見かねた彼は、勉強を教えてくれた。
お陰で苦手な英語でも
平均点以上を叩き出せたのだった。
昼食と結果報告の為に店を訪れると、
開口一番に「君は暇なのか」と聞かれた。
「まあ部活もバイトもやってないので、
暇と言えば暇ですね。
それよりも、店長さんのお陰で
テストでいつもよりいい点が取れましたよ!
ありがとうございます」
けれど、彼はそんなことには
興味もなさげに適当な相槌を打った。
「そうか、良かったな」
というよりも、
どこか気がそぞろでいつもより落ち着きがない。
「ところで。君はこれからも
店に通い続けるつもりなのか?」
唐突な問いに僕は不安を覚えた。
それは遠回しに、
長居することを揶揄しているのだろうか。
真意は分からないまま、答える他なかった。
「はい、そうですね。
この店が気に入りましたから」
「そんなに通い続けていると金が底を突くだろう」
「大丈夫ですよ、ちゃんとやりくりしてます」
「いや、でも――」
やっぱりおかしい。何か裏がある。
いつもは遠回しでも、
もっと自信たっぷりな態度なのに
今はそわそわしていて、まるで告白前の女子のようだ。
でも、そんなわけはない。とすれば、
「そんなに」
長居されるのが迷惑ですか?
そう言おうとしたはずの僕の声は、
彼の言葉で掻き消されてしまう。
「そこまでこの店が好きなら、ここで働くといい
……バイトとして働くつもりはないか?」
ようやく忙しなさが治まった。
なんだ、それだけのことを言うために彼は……
細かいことを考えるより
先に感情が先行していた。
「はい、喜んで!」
「決まりだな。私は由野だ。君は?」
「佐藤昇汰です。
これからお世話になります、由野さん!
…………ふと思ったけど、
店長さんって何歳なんですか?」
思ったことを口に出せなかった反動で、
つい心の声がそのまま外に出てしまった。
初対面で真っ先に聞くことじゃない。
早速粗相をしてしまったどうしよう。
由野さんがムッとしたように眉を顰めた。
「失礼だな、女性に歳を聞いてはいけないと
習わなかったのか……あ」
「え」
その後、証拠を見せると言った「彼女」から、
女の姿を見せてもらったのだった。
耳元で声が聞こえる。誰の声だろう。
あれ、目がうまく開けられない。これは夢?
「――いかがでしたか?
ちゃ~んと、想いは思い出せましたか?
飴よりも甘く、
飴よりもねっとりと絡みついて離れない恋の味。
味わえるものなら味わってみたいですねぇ~~」
恋って、なんの話だ。
僕はもう誰のことも……、
「おや? あなた、亡者の魂に
魅入られているじゃありませんか!
これはいけませんね~~
ええ、いただけませんったら。
あなたが心を失うことは
あの方の本意じゃありませんし……
仕方ありません、私がお手伝い致しましょう。
えぇ、何も怖がることはございませんよ。
ただ、まじないで
縁を結ぶだけですので……ふふふ」
やめろ、何をするつもりだ。
「――バレンタイン」
っっ!?!?
「佐藤昇汰様……
いえ、『しょーちゃん』は、今もそれに囚われている。
だからこそ、
私はその縁を結ばせていただきました。
そして、もう一つ。
この言葉を授けさせていただきます」
耳を塞ぎたくても、夢だから意味がない。
抗っても仕方なかった。
「『心の種』はなみ――――?」
その言葉を聞いた刹那、
僕はまた深い眠りに落ちていた……。
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