ヒーローごっこ
『自分にとって何が一番大切で、それを守る為にはどうすればいいか』
未だにその答えを導き出せないまま、数週間が過ぎていた。
いじめもなくならないし、グループ仲も気まずいまま。何も解決していない。このままではいけない。自分から動きかけなくては……!
そう考え始めていた頃だった。
五時間目に体育があった僕は昼休憩中に更衣室に移動していた。
ドアノブを握ろうとして、そこである違和感に気付いた。授業外は分かりやすいように、更衣室のドアは開け放たれているのだ。それなのに、ドアが閉まっている。
妙な胸騒ぎを覚えて、恐る恐る扉を少しだけ開けてみた。その隙間から覗き込むと、見覚えのある生徒が視界に飛び込んでくる。グループの三人(黒田くん・水山くん・高野くん)と鈴木くんだった。
四人にバレないよう慌てて身を引っ込め、もう一度様子を窺う。
三人は扉に背を向けているため、僕には気付いていないようだ。しかし、こちらを向いている鈴木くんとは目がバッチリ合ってしまった。
今すぐに駆け込もうとしたが、扉に手を掛ける僕を見て彼は思いきり睨みを利かしてきた。
やめろ、というのだろう。
大蛇のような凄まじい威圧感に負けた僕は大人しく彼らの動向を見守り、盗聴することに決めたのだった。
「…………い、鈴木。こんなところに俺ら呼び出して何のようだよ」
「お前なんかに時間割いてる暇ねぇんだよ。ぼっちのお前と違ってな」
「マジウケるな、それ!」
ケラケラと鈴木くんを嘲笑する三人に対して、彼は冷たい一瞥をくれた。
「心当たりはないって言うのかー、そっか~……自覚がないなんて、君らは良心の呵責もないんだね」
皮肉のニュアンスだけは彼らにも通じたようで、怒号が上がる。
「ぁああんっっ!? お前、何言っちゃってんの? マジで意味分かんないんですけど??」
そう喚き散らした黒田くんが胸倉を掴み、殺気を放ちながら彼を睨み付けている。
けれど、そんな話も通じない状態の相手を諸ともしていなかった。
「君らの脳味噌じゃあ仕方ないかなぁ――」
鈴木くんの声は途端に小声になり、聞き取れなくなる。彼が何かを囁いた思しき直後、怒気に染まっていた顔が、恥辱を受けたものに変わっていた。
感情が滾ったその顔つきから、本能的に鈴木くんが危険だと悟った僕は……夢中で駆け出した。
視界の奥に、振り上げようとする腕が映る。地面を蹴り出しながら、目一杯彼の方へ腕を伸ばした。あともう少しだ……!
やっとの思いで彼の肩を掴んだときには、もうその距離は30cmとなかった。
――ガンッ。
軟弱ではないはずの僕の身体は殴られた勢いで、近くのロッカーまで吹っ飛ばされた。殴られた頬よりも、ロッカーに打ち付けた肩が痛い。ジンジンと衝撃の激しさを訴えてくる。
「いたたたた……かだ、肩、痛い」
今のところ、左肩以外に外傷は見受けられない。悲鳴を上げるほどではないまでも、じわじわといたぶるような厭な痛み方だ。
「佐藤……」
腕の中にいる彼が、早く離してくれと訴える。
「ああ、ごめんね。今離すよ」
彼の背中から腕を剝がすと、左肩に電流が走ったような鋭い痛みが走った。
「いう゛っっ」
「何やってんだよ、馬鹿!!」
「ご、ごめんなさい」
せっかく助けたのになんで怒られているんだろうとは思いながらも、咄嗟に謝罪していた。その意味がすぐに理解できたからだろう。
「それと、心配してくれてありがとう」
「……そっちこそ、心配してくれたんだろ。その、助けてくれてありがとう」
「どういたしまして」
肩が痛いのにヘラヘラと笑う僕をおぶって、彼は保健室まで連れて行ってくれた。これじゃあどっちが助けられたのか分からない。
そのやりとりの最中、三人は傍観者だった。口を挟むでもなく、ただ僕らを見ていた。放心状態に近かったのかもしれない。特にそれが顕著だったのは、僕を殴り飛ばしてしまった黒田くんだった。
地面に落とされた視線は後悔を物語っているように見えた。
****
負傷した肩は気になるが、一刻も早くこの件に片を付けたい僕は今日もあの店「stray sheep」を訪れていた。
店に入ると、彼はすぐに僕に気付いてくれて駆け寄ってきてくれた。
「どうした、また何かあったのか?」
待ってましたと僕は、今日あった一連の出来事を説明した。
「――それは今後君がどうしたいかだな。君の意思如何で答えも変わってくる。君が一番に望むことはなんだ?」
あのときに感じた違和感の正体。遙か彼方、記憶の底でくすぶっていた思い出。
「僕は……三人にいじめをやめさせたいです。今回の一件に限ったことでなく、これからも。
彼らは、クラスに一人も友達がいなかった僕に声を掛けてくれました。もしかしたら、下心はあったのかもしれません。だとしても、僕にとっては救いでした。
だから今度は僕が、荒んだ闇から彼らを救いたい。詭弁かもしれないですが、
彼らがこれからも暗い道を歩いて行くのを放っておきたくないですから。それくらいに、大事な存在だったんです」
今口にしたことが僕のとても強い思いだ。
すると何の前触れもなく、胸の辺りから眩い光が放たれ始めた。
「えっ、何これ!?」
「決意や気持ちというのは、誰かに話したり口にしたりすると、一層強まるものだからな。どうやら、君の意思は固まったようだ。種がそれを教えてくれる」
そう言うと、彼は僕の心臓付近を指さした。種を育てている影響とやらなのだろう。
「でも、どうすれば?」
「答えは君の中にあるはずだ。ヒントをやろう、君の思っていることを
素直に打ち明けてみることだ。それさえできれば、きっと道を拓けるさ」
彼にそう背中を押されて僕は帰路に就いた。
なんとなくだけれど、やるべきことが分かったような気がしたから。
翌朝目が覚めると、鉢植えにオレンジ色の花が咲いていた。
『種は心を映し出す鏡だ』
その言葉を思い出して、僕は決意を固めた。もう、怖くない。大丈夫だって見えるから。
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