若人は過ちを繰り返す(2)

 

 僕はその日の夕方、またあの店に訪れていた。もちろん理由は結果報告と相談をするためだ。

 すぐに人を頼る癖はいい加減治すべきだと思うが、今優先すべきことはそれではない。ヘタレな根性を叩き直すことが先決だ。なのでひとまず頼り癖については思考を放棄することにした。


 コンコンと軽くノックすると、扉の向こうから清々しい彼の声が届いた。



「こんにちはっ!」


「っ……やあ、こんにちは。また来たんだね。おいで、今日も暑いからマスカットティーを淹れてやろう」



 慣れた対応で前と同じ席に案内してくれるが、これで来店は二度目だ。たった一回で客の選んだ席を覚えるなんて、接客の鑑だななんて思いながらカウンターの椅子に腰を下ろした。


 彼は一旦席を離れると、トレンチにマスカットティーとゼリーらしきものを載せて戻ってきた。



「お待たせ。今日はこれも食べてみてくれ。桃のゼリーだよ。試作品なんだ、感想を聞いてみたい」



 鼻を近付けてみると、瑞々しい桃の匂いを感じた。透けるような淡い水色をしたパフェグラスに入れられたゼリーは、ガラスのように透き通り、中の果肉がテラテラと輝いて見える。



「ありがとうございます。いただきます……」



 スプーンで掬って舌に載せてみると、風が吹き抜けるような爽快感が口の中を舞った。食べ進めてみても、それは余計な甘さを感じさせず、桃の果汁と果肉だけで練り上げられたような天然の旨みしか感じない。この爽やかさかは一体……!



「あ、これちょっとだけですけど、ミント入ってますよね。すっきりしていて美味しいです」



 彼はぱぁぁっと笑顔を咲かせると、興奮したのかカウンターから身を乗り出した。



「分かるか!? そうなんだよ、少しだけミントエッセンスを加えてみたんだ。甘いものが苦手な人でも食べやすいようにと思ってね」



 デザートを頼む人なら甘いもの好きの方が多いだろうに……わざわざ少数派の人のためにここまでする彼女は性根が優しい人なのだろう。



「でも、僕にはちょうどいい甘さですが、女性にはもう少し甘い方がいいかもしれませんね」


「そうか。でも君には好評だったから、これはこれでメニューに載せるよ。甘さが足りないか……なら、ミントの代わりに甘夏を入れてみよう。ミントがなくなる分、甘みは増すだろうし、柑橘系は女性に人気だからね。ありがとう、とても参考になった

よ」


「いえ、お役に立てて光栄です」



 男性とは言え、中性的な美人さんにお礼を言われるのは少し照れ臭かった。

 話を切り出すなら今じゃないだろうか。



「あの、この前のことなんですが――」



 名前だけは伏せて、先週と今日のことを包み隠さず話し終えた僕は彼の反応を窺った。



「まず、意思表明できたことはよかったな。芽が生えていたのもその証拠だろう。だがね、君が彼らのいじめ行為を妨げたことについて、あまり賛美できかねない」


「どうしてですか!?」



 予想外の返答に、僕は珍しく声を荒げた。共感だけではないと思っていた。でも、

否定の言葉が返ってくるなんて微塵も思っていなかった。

 信用しきっていた相手に拒絶されたように感じた心は、荒波の如く乱れていく。



「落ち着け、別に君の行為そのものを否定しているわけではないよ」


「えっ?」



 それなら一体どういうことだ? 頭の上に大量の疑問符を浮かべる僕に、彼は宥めるように続けた。



「君のやり方が、思わしくないと言ったんだ。その方法では却って、彼らの怒りを湧き上がらせるばかりだよ。それに、それは姑息的なものにすぎない。さしずめ、応急手当と言ったところだろうかな。しかし、応急手当も方法を誤れば悪化させてしまうこともあり得るんだよ」



 彼の言わんとすることは大体分かる。が、結論が見えてこない。



「それで、あなたは何が言いたいんですか?」



 彼の具体性に欠ける言い回しに、だんだんと苛立ちを覚えてきていた。彼はそれに気付きもせず、

 ――いや、彼はきっと気付いているのだろう。気付いていて素知らぬ振りで回り道をしている。だって彼は、とても愉快そうに口角を上げているのだから。



「流れ出す血を拭き取ったって血は止まらないだろう? つまりはそういうことだよ。君は血を拭き取ったに過ぎない。血を止めたいなら、傷口を塞がなくては意味がないんだよ」



 多分これはクイズのように僕に問うているのだろう。ヒントを与え、筋道を照らし、そして本質を見極めさせるために。残念ながら今の僕にこの謎解きはお手上げだった。



「さっぱり分からないです、答えを教えてください」


「君はすぐに他人を頼りすぎだ、少しは自分で考える力を身につけろ」



 彼から笑みが消え、眉間にキュッと皺を寄せる。その顔つきで僕を睨み付けるものだから、白旗と共に交渉の余地を求めることにした。



「す、すみませんっ考えます! 足りない頭で考えますから……せめて、具体的なヒントだけでも教えてもらえないでしょうか?」



 二、三秒ほど眼光を飛ばされたが、それもほどなくして止んだ。



「……そうだな、分かった。自分で考えるならヒントくらいやろう。但し、これだけは言っておく。他人から与えられた答えに満足するのでは意味がない。自らが『自分にとって何が一番大切で、それを守る為にはどうすればいいか』を考えなくてはならない」



 彼の話を必死に拾おうとしたが、複雑な上に抽象的だったために思考回路がショートした。ぐわんぐわんと頭を揺らす僕に気付いたらしく、彼は本題に戻してくれた。



「すまない、ヒントだったな。

 ――君には、その『いじめ』の根本的原因が分かっていないようだ。原因について、じっくり考えてみるといい。教えられるのはこれくらいかな。もう日も暮れてきた頃だ、そろそろ帰りなさい」



 そうやってあしらうように追い出そうとする彼に、まだお金も払ってないと物申した。けれど、あれはサービスだからと返されてしまった。そんなこと言われても、お茶にお菓子に話まで聞いてもらってタダというわけにはいかない。


 ごねにごね続け、結果。夜食になりそうなマフィンを購入させてもらって、ようやく僕は店を後にしたのだった。



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