ストーカーの真相解明(2)
田所さんが住んでいるのは601号室。六階の角部屋だ。
エレベータから降りて右を突き当たったところがそうなのだけれど……そこに人影があった。思わずスマホで時刻を確認する。「13:51」。間違いない。
「あの人が……」
目深に被ったキャスケット。ゴシック調のフリルをあしらった白ブラウスに、ソフトニット素地の黒いサロペットパンツ。革のショートブーツ。肩から腰くらいまである大型のリュック。
その姿はいわゆる量産型女子とは真逆に位置する「ザ・サブカル女子」だった。特有であることや、少数派であることに価値を見出し、あえて他人からずれたものを選ぶ女子のことだ。
量産型女子の方は男受けであったり、女受けであったりを使い分けたりするなど計算高いところがある。それに対して、「サブカル女子は我が道を行く!」という基本スタンスを崩さず、狙った相手にだけ女子らしい一面を見せたりするのだとか……結局女子ってあざといなぁ。
とかなんとか、邪念を孕んでいるうちに彼女の方が僕らに気付き、近づいてきた。
「あんたが佐藤昇汰?」
目の前でキャスケットをふぁさりと脱いでみせた彼女の髪は、肩くらいまでの長さがある栗色の猫っ毛だった。
「はい、そうですが……というこ――」
「てか、後ろの男は誰?」
口調や態度と外見がとてもちぐはぐな人だ。容姿は中~高生くらいなのに、態度は横柄で、先生様という感じがしてどうもいけ好かない。そもそも、人の話遮るなって習わなかったの?
「え……まぁ、ちょっとした知り合いの方なんですけどね…………この人が、深山さんが亡くなった真相を解き明かしてくれるんです」
そこまで言い終えると、彼女はずかずかと踏み込んできて由野さんの眼前に立った。それから値踏みするように上から下まで観察。満足したのか由野さんから距離を取ると、猫が人を威嚇するような面持ちで口火を切った。
「あんた、名前は?」
「……由野と申します」
「ちげーよ、名前だっつってんだろ。下の名前を教えろよ」
由野さんは彼女の態度にひどく当惑した様子だった。額からは冷や汗が滲み出ていて、心なしか握り込む手も震えている。
不躾な態度でこそあるものの、彼女は何もおかしなことは聞いていない。むしろ、名前を聞かれた程度でこれほど動揺する由野さんの方が不自然なのだ。
二人からの視線に耐えかねたらしい彼女は、負けを認めるように細々と頼りない声で、
「ゆ、縁……由野縁といいます」
「ふぅん?」
――っえ。
「そう…………あんたなんかが、本当にサリィの死んだ理由を見つけられんの?」
いや、気のせいだ。もし、気のせいじゃなかったとしても、今はお姉さんの死を解き明かすことが先決だ。だから、彼女を敵に回すわけにはいかないのだ。
「ええ、もう分かっていますとも。こんなところで立ち話することではないですが」
相手が悪かったな、ストーカー(未詳)。あなたよりは彼女の方が一枚も二枚も上手だ。
それが分かったのかストーカーも舌打ちしながら、田所さんの家の前へと踵を返した。
(まあでも、インターホンに顔を出すのは僕の役目だと思うんですけどね? というか、この人はどうやって入ったんだろうか?)
犯罪の香りを覚えながら二人の間を割って入り、ようやく彼の家の呼び鈴を鳴らした。
――ピンポーン。
「あのー、佐藤昇汰です。開けてくださーい!」
ファミレスの店員さんを呼ぶときの掛け声ぐらいの音量で叫ぶと、数秒ほど経ってから「今、開けますから……」と疲弊した声が返ってきた。
これでようやく真相が聞けるんだ……!
そう思うと、鼓動が速まるような、安堵するような。
こういうあと何秒かかるか分からない待ち時間のときは、どうしても色々なことを考えてしまう。ストーカーが名前名乗らないのは身分を隠すためかとか、やっぱりどうやってここまで上がってきたのだろうかとか……ぁ。嫌な予感が頭をよぎり、反射的に胃がキリキリと音を立てる。
「…………あのぅ、ストーカー(仮)さん」
「あ?? 何変な呼び方してんだ。オレは山田アキラっていうんだ、アキラって言え」
絶対僕のせいじゃない理由で逆ギレされた。足音も近づいてきている。
「アキラさん……あなた、田所さんに会うことって知らせてます?」
ストーカーなんかしている人が彼と直に連絡を取れるわけがない。そんなのは分かっていた。
「あぁ!!? だ~れがあんな自己中マウント野郎に連絡なんかすっかよ」
(あれ? 思っていた反応と違うぞ??)
――ガチャリ。
「…………………はぁ。お待たせしました、佐藤くん、由野さん、…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………なんでお前がここにいるんだ。お前を通す許可を出したつもりはないぞ」
「オレだって、こいつに呼び出されてきたんだ。知らねえよ。そもそも、あんたなんかの許可取る筋合いねえし。警察だって呼びたきゃ呼べよ、不法侵入かなんかか? 構わねーけど、そうゆーのは、そこのひょろっこい兄ちゃんの話が終わってからだ」
一触即発のこのムード。やっぱりデジャヴだった……。
由野さんが二人を宥めながら、ストーカー(仮)を押し入れている中、僕はずっとドアマンに徹していた。
そんなものだから、手は塞がっていても頭は暇。何か変わったものはないかと玄関付近をきょろきょろと見回してみる。
すると、玄関先の出てすぐの隅っこに、両手サイズの鉢植えを見つけた。だけどそれは何の植物なのか分からなかった。
だってその葉や茎は…………死んでしまったみたいに枯れていた。
その部分だけ世界が終わりを迎えたみたいにセピア色をしている。
だけど。ようやくドアマンの終わりを命じられて、勢いよく扉を閉じたとき、微かに鼻を刺す香りが風に舞った。
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