ストーカーの真相解明
帰り道、由野さんは君に頼みたいことがあると言った。
店へと戻った彼女は、厳重に戸締まりを確認してから僕に筆談であることを命じた。
『あなたの望みを叶えて差し上げましょう。
6/27 14時 田所貴志の部屋の前で待っています。』
ストーカー宛に手紙を書くことだった。
この手紙はどうやってストーカーに見せるのか、僕らはストーカーの住所なんて知らないのだから渡しようがないじゃないかと抗議すると、彼女は怪しげに笑ったのだ。
「そんなもの、君の家のポストに入れればいいじゃないか。いつも、ストーカーがそうしているように」
いやいや僕の場合は家族に見つかったら、お説教が飛んでくるかもしれないんだぞとか、釈然としない部分はあった。
だが、それなら「漫画に書いてたやつやってみたかっただけなんだー」とかなんとか言えば、母と妹からミミズを見るような目を向けられるくらいで済むだろう。
その程度の代償でお姉さんの死を掬い上げられるなら、安いものだ。
とは言え、見つかったら面倒なことになるのは間違いない。だから僕はストーカーがやるのと同じように平日の帰宅時、その手紙をポストに入れておいた。
****
六月二十七日、午後一時四十五分。見上げた空には、暗雲が立ち籠めるとしか例えようがないくらい暗く濁った厚い雲が渦巻いていた。
「……本当にあんな手紙なんかで、呼び出しに応じてくれるんですかね?」
一応、翌日確認したら手紙はなくなっていた。家族から追及されたり、虫を見るような目を向けられたりもしていないことから、恐らく手紙はストーカーの手に渡っているはずだけど。
「正直一か八かではあるな」
悪びれることもなく、そう言ってのける由野さんに一抹の不安を覚えた。
「そんなぁ……!」
「相手の予定を考慮しなかった点についてだよ。けれど犯人は来るだろうね。どうしても確認したいことがあるだろうから」
腑に落ちるような、落ちないような。
それはともかくとして、僕らは田所さんの住まうマンション前までやって来ていた。
最寄り駅から徒歩三分程度に位置する十五階建てマンション。オートロック式で築年数は五年ほどとまだ新しい。赤いレンガを模した外壁がお洒落で、家賃も高そうに見える。
もちろん、お姉さんこと深山さゆりさんの死の真相を確かめて、彼女が僕に遺してくれたものを手に入れるためだ。
ただ、僕には事の全容が全く掴めていない。由野さんは全てを理解したような顔でいるが、いくら聞いても教えてくれなかった。それは当日になれば嫌でも判ることだ、と言って。
「まあそれはそうですね。じゃあそろそろ時間ですし、お邪魔するとしましょうか」
「ああ」
僕が部屋番号を伝えると、彼女は滑らかに番号を押していき、何の躊躇いもなく呼び鈴を鳴らした。
――ピンポーン。
「……今さら確認することでもないですけど、」
「なんだ?」
「田所さんに訪問のアポイントとか入れました?」
「知らん」
えっ……。
ぶっきらぼうに彼女が言い放ったのとほぼ同時に、返答があった。
「……どちら様ですか?」
寝起きさながらに気怠い男性の声が聞こえる。疲れは感じるが、確かに彼のものだ。
ここでしくじるわけにはいかない。真相を解き明かす第一関門なのだ。顔見知りではない由野さんに応答を任せて、相手に不信感を与えないようここは僕が対応する。
「田所さんの元婚約者深山さゆりさんのお線香を上げさせていただきました、佐藤昇汰です」
「…………帰ってください。彼女のことを、もう思い出したくないんだ」
彼の拒絶を受けて、僕は内心胸を撫で下ろしていた。田所さんは今でも彼女を思うと胸が痛くなるくらいには愛していたのだとそう思えるから。
そうは言っても、ここで立ち塞がるわけにはいかない。だとしても僕に何ができる? 大した手札があるわけでもないただの高校生の僕に??
あぁ、そうだ。僕なんかに彼を説得できるわけがない。
「どけ」
苛立ちを堪えた声で僕を押しのけると、彼女はインターホンの正面を陣取った。
「あなたは本当にそれでいいのか?」
「……誰ですか?」
インターホン越しに田所さんの訝しげな声が響き、僕の胃がキリキリと痛み始める。
そうですよねぇー? そりゃあ何の前触れもなく休日昼間に押しかけられた挙げ句、知らない人まで出てきて、その上高圧的な態度取られたらそんな反応になりますよね、分かります。
だが。約束の時刻は午後二時。あと、十分と残っていない。全てが分かるかもしれない最初で最後のチャンスを不意にするわけにはいかない――そんな気負いで彼女は続けた。
「そんなことはどうでもいい。故人が遺したものの中に、あなた宛ではないものが遺されていたはずだ。それをどうした」
インターホンからの応答はない。
「そちらがそういう対応をするなら、こちら側にも考えがある。あなたが行った行為は証拠品隠蔽という罪に当たる。これを警察へ伝えれば、他殺を自殺に偽装したのではという疑いを向けられるだろうね」
「……それがどうしたって言うんですか。さゆりのことはもうとっくに終わったことなんです、今さら警察が取り合ってくれるわけもないでしょう」
前言を撤回したくなる物言いだった。この人は本当にお姉さんを愛していたんだろうか? いや、というよりも、大切にできていたんだろうか? そんな疑念がよぎる。
「怖いものはないと言いたいわけか。
……しかし、世間はどうかな。風化したとは言え、遺品を隠し持っていたとあれば、邪推するだろう。人は噂を好む生き物だからね。人の噂も七十五日というけれど、それだけあれば勤め先やあなたのご両親に伝わることもあるだろう」
高らかに哄笑しながらつらつらと口上してみせた由野さん。普通であれば、彼女に畏怖や嫌悪感を覚えたりするのかもしれないけれど……、僕にはその奥にある一抹の侘しさを感じた。
あなたにしか見えない独りの世界を見ているようだったから。
しかし、彼はこれでも屈しなかった。そのくらい怖くない。もう、どうだっていいという風にさえ感じる。
もはやここまでかと僕の方が諦めかけたそのとき、彼女は僕の肩をポンと叩いた。
やれやれとばかりに大げさなため息まで吐いて、何を始めようと言うのだろうか?
「実はね。彼は今、深山さゆりに執着していたらしい輩から脅迫を受けていてね。彼女が自殺した理由を突き止めないと、お前を――とまで言われているんだ。こちらの状況は分かってもらえただろうか?」
由野さんはさきほどと打って変わって、怖いくらいの喜色満面だった。
ちなみに、このストーカーはあなたのこともよぉ~く知っているらしいが、標的にされないといいね?
と口から出任せの脅し文句を吐き連ねた。その言動は一周して拍手喝采ものだ。
(というか、そろそろ通報されないだろうか?)
僕の貧弱な胃に穴が空くほどの沈黙が続き、インターホンの接続が切れかかった頃だった。
「分かりました」と唇を噛み切るような声とともに、正面玄関の戸が開かれた。
「一言いいですか、由野さん」
ようやく第一関門突破だ。
僕は彼女と肩を並べてエントラスを潜り抜けながら語り掛けた。
「なんだ?」
「勝手に僕を殺さないでくれます??」
「なんだ、そんなことか。案ずるな……本当に君がそうなったら、私が守ってやるから」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます