古傷を抉るということ
「調査に向かう前に君に尋ねておきたいことがいくつかある。いいか?」
「はい。僕に答えられることならなんでも!」
それでお姉さんの……深山さんの死の真相が知れるなら安いものだ。
「では初めに。彼女はどんな死に方をしたんだ?」
臆面もなくそう尋ねてきた彼女に恐怖の念を抱いた。確かになんでもとは言ったけれど、言い方というものがあるだろう……僕に逆らう権利なんてないが。
「首吊り、です。ドアノブにロープを括り付け、もたれかかるようにして亡くなっていたと聞きました」
その光景を目の当たりにしたわけではない。それでも、お姉さんの婚約者から聞かされたときは、彼の悲愴な表情からその惨さが伝わってきた。
「……そうか。では次に、遺書らしきものは見つかったのか?」
「はい、手書きの手紙が一通見つかったそうです。婚約者への謝罪が綴られていたとか」
「そこにはなんと?」
彼女は傾聴していた。事象の中に散らばっているヒントを見つけ出そうと必死なのだろう。
「【貴志、ごめんね】その二言だけだったと聞きました」
たったそれだけの遺書で、命を絶とうとするお姉さんの気持ちがちっとも分からなかった。
生前お姉さんはあんなにも楽しそうに話してくれたのに、彼女が死にたいまでに絶望していた理由に気付けなかった自分が、悔しくてしょうがなかった。
****
調査に出向くことになったのは、それから数日経った木曜日のことだった。
『今日の放課後、深山氏の調査に向かうぞ。学校が終わったら、すぐに店まで来い』
履歴書に記入したメールアドレスに連絡がきたのはそれが初めてだっただろう。
そんな連絡を受けて、僕は制服のまま店まで自転車をかっ飛ばした。
「やっと来たか。すぐ向かう。自転車はいつもの場所に停めておけ」
汗だくでやって来た僕に彼女はそう言い放った。無愛想というか、無情にもほどがある……と思いかけたが、自分が頼んだことに付き合ってもらっているのだ文句は言えない。
店の裏手にあるガレージに自転車を停めて、駆け足で戻ってくると、彼女は変わらず不機嫌な顔つきのままだった。
何かしたっけ? と思ったが、心当たりはない。もし、手伝うこと自体に不満があるならそう言うだろう。回りくどいところが多い彼女ではあるが、そこまで面倒臭い人ではない。
だが、気に触れないように振る舞うのが一番だろう。
「……お、お待たせしました」
「あぁ。では行こうか」
「は、はい! って、どこへ行くんですか?」
僕が問うと、彼女は眉間に皺を寄せた。
「…………件のクレープ屋だが、言ってなかったか?」
「は、はい……」
今初めて聞きました! とまでは言えないまでも、肯定はした。とばっちりを受けるのはごめんだ。
「そうか……それは悪かった。それと……、」
彼女は鞄から取り出した帽子を目深に被り、僕と目線を合わせないようにする。
なんだなんだ? 僕はまた何かやらかしてしまったんだろうか? と謝る心構えをしていたら、
「そ、その、クレープ屋まで案内してくれないか?」
ぽしょりと呟いた。
(由野さんのお願いとあっては断れるはずがない!)
僕は意気揚々と先陣を切って、彼女とクレープ屋さんへの道のりを歩き出していた。
「それにしてもー、どうしてこんなお願い聞いてくれたりしたんですか?」
「……別に、なんだって構わないだろ。君が願ったのは、彼女の死の真相を知ることと、彼女が君に遺したものを手に入れることだけだったはずだが?」
ギャップにやられて浮かれていたが、この返答で興を削がれてしまった。というか、その凄みはしつこいキャッチを威圧するときのものだと思うんですケド……。
とは言え、これ以上の詮索で彼女の機嫌を損ねて、約束を反故にされるわけにはいかない。
僕が無駄話をやめると自然と会話は消滅し、そこからクレープ屋さんまで一言も口を利かなかった。
****
「……ここか」
僕が足を止めると、彼女が開口一番にそう呟いた。
やった! ようやくマトモに口を利いてくれそうだ!! とか思うのはさすがにひどい。この短時間でどれだけメンタルを消耗したのだろうか。これからが本番だというのに。
小さく頷くと、彼女は鉄面皮を崩さないまま、キッチンカーに歩み寄った。
「あなたはここの店主でしょうか?」
「……そうですけど、何か?」
言葉遣いこそ礼儀正しいが、客が店の人に向かって真っ先に吐くものではない。無礼極まりない上に、かなり横柄だ。
その証拠に店主である彼女は、警戒心を露わにした顔つきで由野さんを見ている。
まさに、一触即発……。
「では、お聞きしたいのですが――」
「あ、あのっ! 僕のこと、覚えてますかっ?」
由野さんがこれ以上、店長さんの機嫌を損ねてしまわないようにと声を上げた。彼女の後ろからひょこっと顔を覗かせると、強張っていた顔がみるみる和らいでいった。
「あぁ……君は前までよく来てくれてた、ショータくん、だったかしら?」
「はい、そうです! 覚えてもらえていて、嬉しいです……」
「そりゃ覚えてるわよ! なんていったって、あの子がいる日といない日とじゃ全然態度が違うって、話してたもの!! それに――、」
「うわうわわわわわわぁあああ!!!!」
由野さんの前でそれ以上醜態をバラさないで……。
必死に声と仕草でそれを伝えようとするも、店長さんには伝わってないようだ。ニヤニヤと近所のおばさんたちが噂話をするときの目をしている。い、嫌な予感しかし
ない。
「それに? 何があったんですか?」
「うぁあもう! 由野さんまでーー!!」
彼女はピタと一瞬だけ動きを止めたが、由野さんの顔を見て「うん」と頷くと口を開いた。
「ショータくんったら、あの子にいついるかってシフトまで聞いたらしいのよ~。し・か・も、あの子の誕生日には小さなブーケをね……ってあら、この話はそろそろおしまいにしないと」
彼女が過去話をやめてくれてホッとしたものの、恥ずかしい「若気の至り」というやつはもう語り尽くされてしまっている。
隣の由野さんはクツクツと笑いを嚙み殺している。
これじゃあ本当に何をしに来たか分からない。由野さんはツボにはまって、しばらくは使い物にならなそうだと見切りを付けた。
「あの、店長さん」
「あたしの名前は三好よ。三好奈津子」
店長さんもとい三好さんはお茶目なウィンクを飛ばしてくれた(年甲斐もなく)。
「……三好さん」
「何かしら?」
「あの、僕たち……思い出話をしに来たわけじゃないんです」
「それはそうね。ここはクレープ屋なんだから」
さっきまで僕の痛い言動について嬉々として語っていたときとは比べものにならない暗い冷めたトーンだった。
このままではのらりくらりと躱されて、本題にまで切り込めない。
(僕が言わなくちゃ……!)
「じ、実は――」
「注文はなんでしょうか、お客さん」
痺れを切らしたように三好さんが言った。よく彼女の顔を見ると、口元がヒクついている。気のせいか、眉間に皺も寄っているような……それでいて笑顔。
僕は恐る恐る後ろを振り返った。
するとそこには……、
腕組みをしながら仁王像のような顔をしている人や、貧乏揺すりをしている人、イライラをスマホにぶつけている――女子高生たちが列をなしていた。
僕は首を前に戻し、頭を下げた。
「すみません……話に夢中で気付かなくって」
「それはいいのよ。でも、注文はしてちょうだいね」
はい、と頷きはするが、そんなことは念頭になかったため、すぐに注文など思いつくはずがない。ましてや、クレープの種類が数十種類にも及ぶのだとしたら……後ろの女子たちの怒りが爆発してしまいそうだ。
「――カフェオレのタピオカを二つ」
「はいよ。二つで1100円ね」
由野さんは財布からさっと千円札を二枚取り出すと、僕の分まで会計を済ませてしまう。それから二分と経たずして、カウンターにプラカップが二つ置かれた。
「お待ちどうさま」
「ありがとう」
「あ、あのあのっ……」
後ろに待たせている彼女たちには申し訳ないが、このまま引き下がるわけにもいかない。せめて、約束だけでも交わしておかないとカウンターに食い下がったが、
「……大丈夫。話ならあとでゆっくり。クレープでも食べながらしようね」
三好さんは全てを察してくれていたらしく、僕も大人しく引き下がった。
彼女たちの目もあることだしと、少し離れた公園のベンチに腰を下ろして、繁忙期が終わるのを待つにした。
「あの、注文してくれてありがとうございます……それとお金、」
「いい。気にするな。年下に割り勘させるほど私は落ちぶれてない」
だから大人しく奢られていろ、と頭をぐしゃりとされて、従わざるを得なくなった。
こういう格好いい大人を見せつけてくるところが、彼女はつくづくずるいと思う。僕だって男としてのプライドくらいあるのに……。
「じゃあ、ありがたくご馳走になります」
いただきますと合掌してから、ストローに口を付けた。ちゅーと吸い込むと、ポンポンポポンッと勢いよくタピオカが昇ってきて、僕の喉に襲いかかってきた。
「ぐっほぉ!?」
「大丈夫か? 喉に詰まったりしてないか??」
背中をさすってくれる優しい由野さん。対して僕は、奢ってもらったタピオカドリンクで窒息しかけている情けない男です。とほほ。
「だ、大丈夫です……ちょっと思ったより一気にきて驚いただけなんで…………ごほっごほっ。でも、初めて食べましたけど美味しいですね……そういや、どうしてこれにしたんですか?」
「クレープだと、後ろに並んでいる学生たちに迷惑がかかると思ってな。すぐに出せるドリンクにしたんだ」
「え、でもそれなら、ただのアイスコーヒーとかオレンジジュースとかにした方が早くないですか?」
またも彼女は顔色を曇らせた。しかも、首まで逸らされた。
「…………タピオカが飲みたかっただけだよ。悪いか?」
不遜に頬を赤らめる彼女はやっぱりいじらしくて、
「いいえ、全く」
当初の目的も忘れて、彼女との甘いひとときに口元を綻ばせていた。
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