訴えかけるストーカー
本格的に雷雨になり、お客さんも来ないだろうからと表の看板をCLOSEに替えた。
雑音は雨音と雷鳴くらいだ。これで相談話に集中できるはず。僕は意を決して告白した。
「ストーカーに悩まされている?」
「はい……」
彼女以外いないのだ。こんな話を笑わずに聞いてくれるのは……、
「はっはっはっはっはっ!! それはおもしろい話だな、さて新作メニュー考案の続きをしよ ――なんだ、笑い話にしてほしかったんじゃないのか」
論より証拠だと、僕はスマホで撮影した数枚の写真を彼女に見せた。
「これは……」
『お前が殺したのか?』
『お前がさゆりを自殺に追いやったんだな』
『どうやらお前が殺したのではないようだ。しかし、お前は知るべきだ。どうして彼
女が亡くなってしまったのか、そしてお前に遺したものを』
『早くしろ。そうしなければ、彼女が遺したものが永遠になくなってしまうだろう』
これらは僕の家のポストに投函されていたものだ。
パソコンで打ち出しただけのA4サイズのコピー用紙では、一般人が犯人を割り出すのは不可能に近いだろう。
「梅雨に入ってから、不定期にポストに投函されていました」
彼女はそれらの画像をまじまじと観察すると、見比べるように僕を見つめてきた。
(一体なんだって言うんだ……)
「佐藤……君は他人に恨まれるような覚えはあるか?」
「正直ないですね」
即答すると、彼女はフッと生温かい笑みを零した。
「そうだよな。君は、どちらかと言えば被害者タイプの人間だ。それに、誰かの告白を振るというよりは……好きな女に告白すらできないか、知らないうちに好きな女とその相手とのキューピットになっていて、それを感謝される類いの人間だよ」
「それ褒めてるんですか、貶してるんですか!? ってか、どっちにしたって、僕片思い野郎じゃないですか!! めったなこと言わないでくださいよ!!!!」
例え話でまで侮辱されるなんてたまったものじゃない。馬鹿にするにしたって、事実ありきでないとそんなことされる謂われがない。
フーッフーッと威嚇する猫のように息を荒げていると、彼女はなぜか目を細めた。
「よかった……それぐらい怒れる元気があるなら、まだ大丈夫そうだな。では、話を続けようか――」
「え、そのためにあんなこと言ったんですか?」
改めて聞き返すと、彼女はボンッと顔を赤らめた。図星だった……というよりも、優しさを指摘されるのが恥ずかしいだなんて可愛い人だな。
「んっほぉん。仕切りなおすぞ。それで……、さゆりという人物とはどんな関係だった?」
「……ただの、店員さんと客です。プライベートで会ったこともありません。本当にそれ以上でも、それ以下でもないんです」
「しかし、このストーカーはそう思わなかったと」
状況から推察するにそういうことなのだろう。
初めこそ恐怖を抱いていたが、三通目からはそうでもなくなった。その文面から恨みが消え失せていたからというのもあるが、手紙の主は僕に訴えかけているのだ。
『彼女の死の理由を知れ』
そうしなければ僕に遺されたものがなくなってしまうと。
「それで……君はどうしたい?」
「え?」
「このストーカーは今のところ、君に危害を加えるつもりはなさそうだが、指示に従わなければ何をするか分からない……君がこうしてバイトに来ているということは親御さんにも話していないのだろう?」
当たりだ。いや、訂正すると、「このことは家族には知られていない」のだ。
「その通りです」
普通、一軒家のポストに直接手紙を投函したら誰が取るか分からないはず。けれどストーカーは現に、僕だけに見つけさせている。この用意周到さ、並の胆力ではない。
「君の選択肢は三つある。
一つ目は……警察にストーカー被害として届け出ること。まあ、このぐらいの嫌がらせでは相手にしてもらえるかどうか分からないが、見回りの強化はしてもらえるかもしれない。
二つ目は……手紙を無視してこのままやり過ごすこと。少々危険ではあるが、当分の間誰かと共に帰宅していれば、なんとかなるだろう。
三つ目は……手紙の要求通り、さゆりとやらの死の原因を探り、彼女が遺した何かを手に入れること。だが、これが一番危険を伴う選択だろう。犯人と対峙する危険性もそうだが、死者への悼みを忘れない者にとっては、それを掘り起こされることが何よりの苦痛だからな。それこそ、何をされるか分かったものではない」
彼女はとっくに気付いていたのだろう。僕がこの相談を持ちかけた時点で、どの選択肢を取ると決めていたのかは。気付いた上で再度問い掛けたに違いない。
危険と、他者を傷付ける覚悟があるのか……と。
「それでも僕は、……お姉さんの死の理由が知りたいです。たとえ、他の誰かを傷付けることになったとしても」
真っ直ぐ見据えた彼女の瞳は、戸惑いに揺れていた。それを誤魔化すように咳払いすると、彼女はもう一度質問を投げかけた。
「…………本当に、君はその女と深い関係になかったのか?」
「ええ。ただ、付け足すなら、僕にとっては特別なひとでした」
そう、お姉さんは僕を救ってくれた天使、いや女神だった……。
我に返ると、由野さんが「また意識が飛んだのでは……」みたいな顔をしていた。
「そ、それに! この謎を解き明かせたら、新作メニューの件も解決すると思うんです」
「何を根拠にそんなことを」
心配そうな表情は一変して、可哀想なものでも見るような目を向けられた。だが、根拠もなしにこんなことを言っているわけではない。
「多分、この彼女が遺したものってクレープのレシピだと思うんです」
「クレープ、クレープなぁ……」
どうやら彼女のお気には召さなかったらしい。ため息ついでに頭まで抱えられてしまった。
けど、こんなところで挫けるわけにはいかない。
「クレープは手間がかかる上に、コストもかかる。それに出来立てを出さなければならないとまできたら……」
「そ、そこは、冷やして食べるタイプにしたらその問題はないと思います!」
「――佐藤。はっきり言って、クレープはメリットが少ない。特段売れる見込みがあるわけでもない。なぁ、君はどうしてそこまでクレープにこだわるんだ? 君はそもそも菓子類があまり得意ではないと言っていたはずだが……」
彼女の言うことはもっともだ。今の女子の流行りはクレープではない。そのうえ、あまり出ないメニューの材料をストックしておくのも店にとって利点はない。ただ、それでも……、
「…………クレープは、特別なんです」
そう言って、僕は強引に語り出した。どうしても聞いてほしかったのだ。
あの雨の日の、優しくて温かい出逢いを。
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