真相解明
一条さんの幸せな報告から三日後。ある人物が店に訪れた。
「こんばんは。君とは久しぶりだね」
「いらっしゃいませ、お久しぶりです氷川さん。あれからどうで――いえ、その鉢を見れば一目瞭然ですね」
二ヶ月前、彼がこの店に足を運んだときに見せてくれた鉢植えには二つの花が咲いていた。今はそれが瑞々しい桃になっている。彼も熟した白桃と同じような顔色だ。きっと、そういうことなのだろう。
定位置に案内すると、彼は意気揚々と結果を報せてくれた。
「そうですね。でも、あれから好きな人に告白して、一度振られました。これが最後と思って、もう一度告白しました。そうしたら、考えるために二週間待ってと言われ、二週間後に告白を受け容れてもらえたんです」
い、一度振られたのに懲りずに二回も……。告白する方もすごい胆力だけど、それをOKした相手も相当だ。
(き、聞きたい……でもそれは野暮だよなぁ。うーん)
中々踏み込んだ質問をできずにモヤモヤしていると、背後に気配を感じた。
「よければ、どんな告白をされたのかを伺ってもよろしいですか?」
ビクゥっと身体を震わせる僕に対して、彼は全く動じていない。そりゃそうか、僕の後ろなら彼には見えていたってことなのだから。
「はい、いいですよ。
『灯さんが好きです、結婚を前提にお付き合いしてください』
そう伝えました」
僕は彼の回答に驚愕し、同時に理解していた。ようやく靄がかっていたそれが符合した。
その横顔を見ていたらしい由野さんはククッと意地悪な笑みを漏らすと、彼に語り掛けた。
「では、実を一つ頂戴しますね」
鉢植えから桃をもぎ取り、その表面をそっと撫でる。光り輝く球を取り出すと、それを液体の入った瓶に詰めて、ポケットに仕舞い込んだ。
「さて、もう一つの実はどうなさいますか? 自分をよく知るにはいいものですよ」
「調理のサービスをお願いします」
由野さんは、彼の桃を用いて白桃のコンポートを作った。彼はそれを口にして、感慨深そうに器を眺める。
「表現力を得るには、自分自身を理解することと、考えを深めることが必要だったんですね」
じっくり味わうようにそれを完食した彼は、また彼女に感謝の言葉を連ねた。
「ありがとうございます、自分のことを知れてよかったです。今まで以上に自分のことが好きになれました。あと、もう一つお願いがあるのですが……」
言ってみてもいいかを確認するように彼はチラリと彼女に目を遣った。
「どうぞ、おっしゃってください」
彼は安堵の息を吐くと、すっかり頼み事を承諾してもらったような顔つきでそれを口にした。
「初デートにここで食事をしたいのですが、一週間後の午後七時に予約できますか?」
「もちろんです。お値段はお一人様三千円程度の、おまかせコースでよろしいでしょうか?」
「はい、大丈夫です」
「かしこまりました。二名様、一週間後の十月二十二日の午後七時にお待ちしております」
初デートにここを選ぶなんて、よほど気に入ったのだろう。それに、それだけ信用しているとも言える。そうでなければ、失敗が許されない初デートにこの小さな店を選んだりしない。
それにしても由野さんはあっさり予約を快諾してしまったが、準備はどうするつもりなんだろうか。初デートのディナーコースという思い出に深く残りそうな重大イベントだ、彼女ならとことんこだわるに違いない。それを一人で請け負うのは少々厳しい気がするけれど……、
「佐藤、予定は空いているな。シフトを入れておくが、問題ないな?」
「もちろんです」
有無を言わせない眼光の鋭さと間髪入れない口振りも相変わらずだ……ていうか、疑問符の位置おかしくないですか~? 僕の休日の予定が空いているって決め付けないでくれません?
――まぁ、本当に空いてるんだけどさ。見透かされているみたいで悔しいのだ。
ま、まぁ? 氷川さんの恋の成り行きが気になるから……そう言い聞かせて、彼を見送った。
(僕は決して社畜なんかじゃない、僕は決して社畜になんかならない……っ!)
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