物憂い彼は少年をも頼る(1)
「一人です」
お客さんをあんまり凝視するのは失礼だが、本日初の店内客なのだ。致し方ないだろうと自分に言い訳をする。メニューを引き寄せながら観察することにした。
涼やかな目元が特徴的な塩顔イケメン。仕事終わりなのか、適度にスーツを着崩していて、ワイシャツの隙間から覗く鎖骨がセクシーだ。平均身長の僕よりも拳一つ分は背が高く、肉付きも骨格も良い。勝手な先入観でしかないが、仕事もできそうだ。
由野さんが陰のあるミステリアスイケメンなら、彼は正当派イケメンといったところだろうか。猛禽類女子にめちゃくちゃモテそうだ。
「では、カウンターとテーブルのどちらになさいますか?」
全席空っぽなので窓側もカウンターも選びたい放題である。
「カウンターで、お願いします」
僕の野次馬的思考を見透かされないかとヒヤヒヤしていたが、その心配は杞憂だったようだ。
カウンターへと向かう彼の足取りは重々しく、視線も足下。
「それでは、お好きな席にお掛けください」
向かって右端の丸椅子を引く彼の後ろ姿はどこか疲れて見える。僕の邪な事情など気にする余地もないほどに。
何か嫌なことでもあったのだろうか。上司にひどく叱られたとか、お客さんから理不尽な無理難題を押し付けられたとか……むむぅ。なんにしても、守られた未成年の僕には預かり知れない領域のことなのだろう。
ならば、そういうときにこそ由野さんの料理を食べるべきだ。昨日もまかないを食べさせてもらったが、嫌なことが吹き飛んでしまうくらい絶品だった。
この人にも是非あの幸福を味わってほしい。
「メニューをどうぞ。ご注文が決まりましたら、またお呼びください」
一旦席を離れた途端、ドアベルが鳴った。しかし、入り口のショーケースに飾ってあるテイクアウト用の総菜を見ているから、店内飲食ではないのだろう。しばらくかかるのかと思いきや、一分と経たずに声が掛かった。
僕は慌ててレジの方へと駆けていき、即座に対応していった。だが、人が集まるところには群がる習性でもあるのか、あれよあれよとテイクアウト客が列を成し、一段落ついた頃には半時間が経過していた。
ふぅ、と一息吐いたのも束の間。我に返り、カウンター席へと首を向けた。
そういや僕も由野さんも大量のテイクアウト注文にかかりきりで、気を配れてなかった。
慌てて彼の下へ駆け寄り、声を掛けた。
「おおお待たせ……大変長らくお待たせ致しましたっ! ご、ご注文をお伺いします……」
怒鳴られる心持ちでビクビクしながら待っていると、いくら待っても怒声は聞こえてこない。不思議に思って顔を上げてみると、彼は予想外の表情をしていた。
「いえ、その……まだ注文を決められなくて。遅くてすみません」
不甲斐なさを嗤うような苦笑い。どこか放っておけない気がして、
「もし、お食事のメニューでお悩みなら……ハンバーグ定食はいかがでしょう。僕の個人的感想なんですが、お肉がふっくらしていてジューシーで! ほっぺたがんん~~ってなっちゃうくらい美味しかったんです!!
……あ、でも、ホント決まらなければって話なので――」
「いや、そのハンバーグ定食をお願いするよ。君の話を聞いていたら、食べてみたくなった」
顔色一つ変えずに彼はそう言ってくれた。だけど、その声色は優しげで、厨房へと向かう僕の足取りは軽かった。
~十数分後~
「お待たせしましたー、ハンバーグ定食です。お皿は大変熱くなっておりますので、気をつけてお召し上がりください」
「あぁ、ありがとう。いただきます」
彼はナイフとフォークを手に取ると、真っ先にハンバーグにナイフを入れた。
ジュワワァアと溢れ出す肉汁と蒸気。もう香りだけでお腹が空いてきて……、
「ぐぅぅぅぅぅ」
まだお客さんがいるのに、恥ずかしい。
咄嗟に由野さんの方を見たが、彼女は額に手をやりたそうな顔をしていた。
「佐藤……腹が空いているなら、休憩を取ってもいいぞ。今は落ち着いてきた頃だし、大丈夫だ。もうまかないは用意した方がいいか?」
針のような彼女の視線が刺さる。だって自然現象なんだから仕方がないじゃないか。
「はい、お願いします」
腹の虫には勝てず、即答してしまった。
彼女がまかないを作るのを待つ間、消費した使い捨て容器の補充や消毒液の補充に取りかかった。ついでに空になっていた総菜のケースも引き上げ、厨房に持っていくと、丁度彼女がまかないを作り終えたところだった。
「ほら、まかないだ。しっかり腹ごしらえしてこい」
「はい、ありがとうございます」
手渡されたトレイはずしりと重みがあった。
(言葉にしないだけで何らかの圧を感じる……)
それはさておき、どこで食べるべきか迷ってしまった。僕の特等席はカウンターの右から二番目の席だったが、バイトの身分ではそうもいかない。
カウンターとテーブル席の境をうろちょろしていると、彼に声を掛けられた。
「よければ隣、どうぞ」
彼は左側を指すが、それはどうだろう。バイトのくせに、お客さんと並んで食べてもいいんだろうか。うーん……。
などと右往左往していると、見かねた由野さんが助け舟を出してくれた。
「彼がいいと言うなら、甘えさせてもらうといい」
本当に? と疑ってもみたが、「ここで断る方が失礼に値する」と視線で云われてしまった。ここは従っておく方が無難だろう。
「それではお言葉に甘えて、お隣失礼します」
それにぶっちゃけた話、所詮食欲には抗えない。開き直って勢いよく合掌する。
「いただきます!」
トレイに載せられた五目ご飯・ポテトサラダ・豚の生姜焼き・キャベツの味噌汁たちが、僕に食べてくれと言わんばかりに食欲を刺激してくる。
メインから行きたいところだが、そうすると味の薄そうな五目ご飯や味噌汁が物足りなくなるなるかもしれない。一口目は五目ご飯にした。
ほかほかもちもちのご飯……噛むほどに広がる出汁と具材の旨み。にんじん・油揚げ・こんにゃく・ごぼう・椎茸・鶏肉。それらが細かくカットされているお陰か、他の下処理によるものなのか、まるで臭みがなく、いくらでもいけそうだ。
お次はポテトサラダ…………お次は味噌汁…………満を持して生姜焼き。あぁこの脂身が恋しかった! 待った分だけ染みる甘辛味。日本人とくればこれは好きだろうと押し付けてもあながち間違いでもないやつだ。
「ご馳走様でした!」
――そうして、十分と経たず平らげてしまった。おかしい、五目ご飯は昔話級に山盛りにされていたはずなのに……。
それを隣で見ていた彼がクスクスと笑みを零した。
「とても美味しそうにご飯を食べるんだね」
おかしな言動は取っていなかったはず。胸を張っていよう。
「はい! ここの料理はとっても美味しいですから。特に、デザートが美味しくって……甘いものが苦手な方にもおすすめです」
実際僕だってその口なわけだし。
「そっか、君が言うなら間違いなさそうだね……僕も君みたいだったらよかったのかな」
自嘲交じりの吐息が、閑静な店内に重く響いた。
というか、イケメンの物思いに耽る横顔ってなんでこう色っぽいんだろうか。同じ生物なのになぁ……とは言え羨ましい反面、放っておけないのも事実だ。
「何かあったんですか? 僕でよければ、そのお話聞かせてください」
彼は戸惑ったように付け合わせのにんじんを刺したフォークを皿に落とした。が、それを拾い上げて咀嚼。しっかりと嚥下するとポツリポツリと、言葉を紡ぎ出してくれた。
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