幸運の金の玉
GK506
幸運の金の玉
俺のズボンの右ポケットには、金の玉が入っている。
この玉が、俺に幸運をもたらしてくれるらしい。
あれは、1週間前の今日の出来事であった。
────
『ちょっと、そこのお兄さん』
紫色のダブルのスーツを着た、切れ長の目の男が俺に話かけてきた。
『何ですか?』
俺の記憶の中には、こんな胡散臭い男の顔はない。
街中でいきなり声を掛けてくる見知らぬ人物というものは、大体ヤバイ奴と相場が決まっているものだ。
『ちょっとだけお時間よろしいですか?』
『すいません、俺、急いでるんで』
そのまま通り過ぎようとする俺に、
『待って下さい!!これは、とても大事な事なんです』
紫スーツの男が必死に食い下がる。
『大事な話?』
『ええ、それはもう、大事な大事なお話でございます』
手をすり合わせながら上目遣いで俺を見てくる紫スーツの男は、この上なく気持ち悪かったけれども、心優しい俺は彼の話を聞いてやる事に決めた。
『お兄さん。あなた、最近お悩み事があるんじゃありませんか?』
相手のご機嫌を
『いえっ、ないですけど』
嘘じゃない。
俺は、悩む程人生に真面目に取り組む様な意識高い系男子ではないのである。
『そっ、それじゃあ、もしかしたらA型じゃないですか?』
『いえっ、B型ですけど』
紫スーツの男は、スーツのポケットから取り出したハンカチで
『分かった、お兄さん、右利きでしょう?』
『はい、そうです。俺、右利きです』
先程まで、慢性の大腸炎を患っているのではないかと思われる程に真っ青だった紫スーツの男の顔は、まるで欲しいおもちゃを買い与えられた子供の様に、パァ~ッと明るくなった。
『やっぱり!!そうでしょう、そうでしょうとも』
紫スーツの男はここぞとばかりに、革製のカバンの中からピンポン玉大の金の玉を取り出すと、陶酔の表情でそれを見つめる。
『これは、とても尊いお方が、聖なる山から持ち帰った、由緒正しき金の玉でございます』
金の玉を持っていない方の手で持っていた革製のカバンを手放すと、その手で股間を押さえながら、しきりに喘ぎ声を上げ、鼻息を荒くする男は、いよいよヤバイ奴確定。しかし俺はなぜだか彼の話を聞いていた。
『
ブルブルッと体を震わせた後で、全身から力が抜けた様な放心状態に陥った男の股間に濃い紫色のシミがじんわりと広がっていく。
『この玉はあなたの夢を叶えます。あなたとあなたの歩む人生を幸運へと導いてくれます』
焦点の定まらない紫スーツの男が、唾をまき散らしながら喚き散らす。
何だコイツ?
ヤバイ薬でもやってるのか?
これで
『この金の玉はねぇ、欲しいったって簡単には手に入らないんだよ。買いたいったって買えないんだよ。選ばれた人間しか手に入れる事が出来ないのぉ~。お兄さんは選ばれた人間なんですよぉ~。おめでとうございます。本当に、おめでとうございます!!』
股間から強いアンモニア臭を放ちながら、紫スーツの男が内股でこちらへ近づいてくる。
『この金の玉は、本来5億2千5百万円するんですけども、お兄さん、見た所お金持ってなさそうだから、そうですねぇ、25万円でいいですよ。どうです?買いませんか?買いますよねぇ?買わないなんていう選択肢は存在しないですもんねぇ?』
どうやらパーソナルスペースがバグっているらしい紫スーツの男が、チューでもするのかというくらいに顔を近づけてくるから、俺の顔は、彼の唾でベチャベチャだ。
こんな無茶苦茶な営業、セールスマンとしては絶対にNGであるけれども、俺はちょうど競馬で50万円勝ったばかりであるから、その金の玉を買う事にした。
全く運のいい男だ、彼も、俺も。
『お買い上げありがとうございまぁ~す。それでは、こちら、注意事項等が記載されたマニュアルでございますので、御一読下さい』
そう言って、紫スーツの男が路上の革のカバンから、広辞苑の様な分厚い本を取り出して俺に手渡した。
────
それから1週間後。
俺は今、ドバイで雲一つない空を見上げている。
この1週間、俺は色々あって、人生をあがる事が出来たのだ。
何があったかは、ご想像にお任せするが、一つだけ言える事がある。
この金の玉は、本当に尊い。
おわり
幸運の金の玉 GK506 @GK506
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます