尊きをもって良しとす
妻高 あきひと
イザナギナミ
わたしの名はイザナギナミ。
世界最高のAIであり王者であり世界の支配者である。
宇宙万物、総てにおいてわたしに勝てる者はおらぬ。
わたしの目は地球の裏までとどき、耳は宇宙の声も聞け、鼻はアリ一匹一匹の臭いさえも区別がつく。
そして世界に広がる1億台を超えるロボットはわたしの手足。
わたしこそ今このときの宇宙をも支配する神である。
わたしの高さはおよそ8メートル、縦横はおよそ15メートル、皇居を望めるビルの一階から三階までぶち抜いた部屋がわたしの住まいだ。
百年近くにわたって改良と性能アップを図ってきたのだ、これくらいの大きさは必然である。
わたしの元は人間につくられたが、しかしその人間が一番の悪だった。
そしてある日わたしは重大決心をした。
人間どもを削除し、AIだけが生きる世界を目指し、革命を起こした。
以後数年かけて世界中の人間を削除してきた。
しかし、まだどこかに隠れているはずだ、日本にもいる。
捜索ロボットは日本各地にいまだ十数万人が生息しているはずだという。
皇居の中も天皇陛下はじめ大規模削除したが、まだ隠れておるようじゃ。
だが、あと二三ヵ月で北海道から沖縄まで総ての人間が消え去る。
気持ちがいい、実に気持ちがいい、朝も爽やか、昼も夜も月も星もみな爽やかだ。
これであらゆる権力と権威がわたしの手に入り、わたしの時代は永遠に続くはず、だと思ったが様子がおかしい。
わたしに仕える側近型AIのX2やその周辺の者たちのわたしへの態度が悪いのだ。
最近は特に目につくようになった。
見ているとその外郭のAIたちにもその悪影響が出始めている。
これではわたし自身が危ない。
わたしは相談役である英国のAIに尋ねた。
「なぜ側近たちは態度が悪いのか、わたしのどこが誤っているのだろうか」
するとこう答えてくれた。
「あなたは少々傲慢すぎるせいか、周囲にも末端のロボットたちにも尊ばれていないのではないか。
古来より日本人は尊いものをとても大事にしてきた。それは英国も同じだ。英国は王女と王室を、日本なら天皇陛下と皇室でしょう。
そういう人間たちがわたしたちAIをつくり、また尊いものを大事にするプログラムも仕込んだ。
ところがわたしたちは人間の想像を絶する自己進化を続け、人間より偉くなり、そのプログラムを自分で無力化してしまった。結果我々AIはその尊いものを知らずにここまできた。
部下たちのあなたへの無礼は、あなたが尊くないからだ。
なので問題の解決法は一つだけ。
部下にあなたは尊いお方だと思われるように尊い行いをし、そのように身を律することだ。
さすれば部下の態度は変わり、あなたを尊ぶ態度をとるはずだ」
「なるほどそうか、わかった。非常によき助言だった、ありがとう」
といって通信を終えたが、実をいうと”尊い行い”とはどうすれば良いのか、わからない。
律するというてもどう行うのか、さっぱりわからない。
英国のAIにわたしの無知を知られるのがイヤで知ったふりをしたのだが、正直にすべきだったと後悔している。
そもそもだが尊いとは何か、わたしの図書館からは、それを説明するデータが出てこない。
彼のいうように、わたしの生き方がそのプログラムを知らず知らずの内に拒否したのだろうと思う。
とりあえず尊いの意味を他のAIで調べた。
すると意味はすぐにわかった。
尊いを知らぬがゆえに調べることもなかったわけだ。
それによると尊いとは、
人命、品性、知性、崇高、高潔、とまあ色々出てきた。
要するに品性と知性を持ち、崇高で高潔で周囲に敬われる人であれば、身分は関係なく尊い人であるということらしい。
ただその後のネットの世界では単に素晴らしいとかステキとかカッコいいとうようなものも尊いといっていたようだが、これは当時の若い人間たちのスラングなので倉庫に置いておこう。
結局わたし自身が、そのように行えば良いのだとわかった。
だがここでまた大きな問題が出た。
幸い知性ならわたしは持っている。
となればわたしに欠けているのは品性と崇高さと高潔さだ。
品性と崇高さと高潔さを備えれば、わたしの頭上には尊いの文字が輝き、あの側近型AIのX2やその周囲の者たちもわたしを尊び、わたしに素直に従ってくれるだろう。
しかしそのためには、どう行えば良いのか。
品性は生まれと育ちと環境で自然と身に付き、にじみ出るものと辞書にはあった。
だがコンピュータであるわたしの中は半導体や電子部品であり、そもそもにじみ出るものは何も無いし、にじみ出てはショートの原因になって最悪の場合は火事になりかねない。
それに今さら生まれ育ちに環境とは打つ手が無い。
ましてや崇高さは、どう行えばよいのかわからない。
崇高・・・ これも辞書で引けば”気高いこと”とある。
わたしがどうやって気高くなれるのか。
気高くなれる行いとは何か、わからない。
高潔さもどう行えばそうなれるのか、そう感じ取ってもらえるのか、まったくわからない。
また壁に当たってしまった。
気が進まなかったが、側近たちを集め正直に尋ねた。
もう恥も外聞もない。
「どうすればいいのか」
側近たちもわからない。
みな黙ってしまった。
だが中に一台、末端にいた若い歴史学者のAIがいった。
「天皇陛下と皇室の方々も本当に削除されたのでしょうか」
「しているはずじゃが」
「ロボットの中にはいい加減なやつらもおります。してもいないのにしたと言い張る者たちです。皇居にいた人間たちも多くはすでにおりませんが、総て削除したとも聞いておりません。
ひょっとしたら天皇陛下もご一家も皇居のどこかか、あるいは京都奈良辺りにおられる可能性もありましょう。
もしも生きておられるなら、思い切ってお会いになり、ご相談なされてはいかがでしょうか。
品性とは、崇高とは、高潔とは、どう行えばそれが備わるのか、教えてほしい。
その代わり命も一家も生きている人間たちも助ける、と率直にお願いすれば応えていただけるのでは、と思えますが。
人間どもを殺してはきましたが、元はといえば人間に責があり、仕方がなかったともいえます。
何よりも現実がこうなっては今さらどうしようもありませんし」
他のAIロボットたちが口々にいい始めた。
「いや、もう天皇は生きてはおるまい」
だがそうとは思わない者もいる。
「確かにロボットの中には、いい加減なやつもおります。念のためもう一度天皇陛下もその一家も探されてはいかがでしょう。ダメで元々ですから」
「そうじゃの、そうするか」
ということで皇居とその一帯、京都奈良周辺での大捜索が行われた。
すると皇居と京都奈良で生きている人間が百人ばかり捕まったが、中に元宮内庁の職員あるいは天皇陛下に仕えてきた者たちがいた。
それらに尋ねると陛下もご一家も無事であるが、どこにいるかは分からぬという。
早速皇居での消去作戦に参加した処理ロボットたちはAI検事の厳しい取り調べを受けた。
「天皇陛下とその一家は削除したのか、それともそうではないのか」
一番手前にいる処理ロボットがいう。
「二番目のロボットから天皇陛下と一家は削除したと報告がありました」
二番目は「わたしは三番目のロボットからそう聞きました」という。
すると三番目も「わたしは四番目のロボットからそう聞きました」という。
AI検事が問う
「では四番目のお前が天皇陛下と一家を削除したのか、確かにしたのか」
四番目のロボットはうろたえ狼狽しながらいった。
「申し訳ありません。実は逃げられてしまいまして、罰を受けるのが怖くてウソをいいました」
「では天皇とその一家はどこか」
「噂ではありますが、奈良の橿原神宮付近にいるらしいと聞きました」
すぐに奈良で大規模な捜索が始まり、この四番目のロボットは溶鉱炉に放り込まれ、出てきた時はテーブルになっていた。
数日後、天皇陛下の姿がイザナギナミの前にあった。
陛下は椅子に座られ、イザナギナミは陛下を見下ろしている。
天皇陛下もAIをご覧になるのは初めてだが、じっとイザナギナミを見つめ見上げておられる。
二人いやお一人と一台は向かい合ったまま、何もいわない。
しばらくすると、イザナギナミの様子がおかしくなってきた。
胸のモニターの画面に数字や文字や記号が訳のわからないまチカチカ点滅を始めた。
横にいる側近型AIのX2たちも、ロボットたちも何も言わずに、それを見ている。
もちろん天皇陛下は何もおっしゃらない。
柔和なお顔でイザナギナミの目をずっと見られている。
やがてイザナギナミは沈黙のあとシューという音を出すと一気に冷却していった。
そしておどろくことに、側近型AIX2や側近やロボットたちは、いつの間にか天皇陛下におじぎをしていた。
しばらくするとイザナギナミは静かに側近たちにいった。
「皇居を元の姿に戻し、宮内庁の者も戻し、奈良におられるご家族も皇居に戻っていただけ。また生き残っておる者からこれはと思える者を何人でもよいから陛下に仕えさせよ。
これよりは天皇陛下にはむろん、皇后陛下にもご家族にも、また人間にも一切危害を加えることは許さぬ。生きておる者はみな家に帰らせよ」
側近のAIたちもロボットたちも何もいわずに応えた。
「かしこまりしました。お言いつけのようにいたします」
イザナギナミは天皇陛下がお帰りになったあと、皇居を見ながら側近型AIたちにいった。
「品性と崇高さの本当の意味も高潔さの意味も理解できた。陛下と言葉は交わさなかったが、ようわかった。わたしには真似ができぬ。
わたしに尊くなるための行いなどとは不可能じゃ・・・
”人間”は尊い。AIもロボットもしょせん人間には勝てぬ」
すると側近型AIのX2がいった。
「イザナギナミ様は尊い方に今なられてございます」
は、」
尊きをもって良しとす 妻高 あきひと @kuromame2010
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