ピアノの君

赤城ハル

第1話

 ミウは一人、旧総合ホール内にある螺旋階段を駆け上がっていた。

 駆け上がる度に、カンカンと甲高い音が鳴り響く。

 目的の階は最上階である6階のホール。

 なぜかというとゴム飛行機が運悪く6階のホールへと入ってしまったから。

 ゴム飛行機。正確にはゴム動力飛行機と呼ばれる。それはプロペラにゴムが付いていて、プロペラを回すとゴムが捻れ、そのプロペラを離すと捻れたゴムが元に戻ろうと動く。それによって繋がったプロペラは回転してゴム飛行機が飛ぶという仕組み。

 そして学校では全生徒参加のゴム飛行機大会が開催されていた。お嬢様学校でこのような催しはいかがなものかと思われる。

 しかし、この催しは意外と歴史古いらしい。

 そしてミウは来週の本番に向け練習していたところ、ゴム飛行機が6階まで飛び、運悪く開いていた窓からホール内へと入ってしまったのだ。

「もう誰よ! あんなとこに窓を開けるなんて!」

 ミウは文句を言ってふんふんと鼻を鳴らし、螺旋階段を駆け上がる。その姿はお嬢様らしからぬ。しかし、今は誰もいない。

 旧総合ホールは今となっては物置きホール化として、あまり人が寄り付かなくなっている。一体誰が開けたのか。

 そして6階へと辿り着いた時、音楽がミウの耳に入った。

 こそばゆいような感嘆の息を吐くような、そしてどこか悲しさが含まれる音だった。

 ホールに入ると捨て置かれたような物達に囲まれて黒光りするグランドピアノが一台あった。

 ––––弾いているのは誰?

 ドアからこっそりホール内を伺うと。

 ––––え!? あれって、レティシア様!?

 レティシア・ブラウニー。お嬢様学校の中で皆の羨望と情愛を注がれているお方。

 凛とした大人びた顔に絹の様に滑らかな黒髪を背にレティシアは白い指でピアノを弾く。

 ––––はあ、美しい。

 まさに絵になるとはこういうことを言うのだろう。

 ふと音色が止まり、レティシアは曲を弾くのでもなく、ただじっとしている。

 ミウは不思議に思い首を傾げた。

 そして中をよく見ようと動いた時、足が壁に当たった。

 その音にレティシアの背は一瞬震えた。そしてミウの方へと振り向いた。

 何も言わなかったが目が、「何か用?」と語っている。

「す、すみません! ゴム飛行機がここに入っちゃって」

 ミウは早口で謝り、急いでホール内へと入った。

「ええと……」

 記憶を頼りにゴム飛行機が入った窓へと向かう。

 下を見つつ探すとすぐに左翼の折れたゴム飛行機を発見した。

「ああ! 壊れてるぅー」

 しょんぼりしながらミウはゴム飛行機を抱えてホールを出ようと後ろへ振り返った。

「のわっ!」

 なんとすぐ後ろにはレティシアがいたのだ。

「ごめん。驚かせちゃった?」

「いえ、大丈夫です。そ、それでは」

「待って!」

「何か?」

「それ? ちょっと貸して」

 レティシアはミウが抱くゴム飛行機を指差す。


  ◇ ◇ ◇


「はい。これで大丈夫よ」

 レティシアは折れた左翼の骨をテーピングで固めたゴム飛行機をミウに渡す。

「ありがとうございます」

 ミウは礼を言って下がろうとした。

「待って」

「え?」

「曲聞いてくれない」

「……」

「お願い」

「私でよければ」

 レティシアが椅子へと右半分開けて座る。

「ここに座って」

「は、はい」

 ミウは体が当たらないようにちょこんと端の方に座る。

「もっとこっちへ寄って」

 レティシアがミウの腰に手を回して引き寄せる。

 肩が触れる。甘い香りがミウの鼻腔をくすぐる。

 ––––ああ! レティシア様がこんなにお近くに!

「あ、あの」

「気にしないで」

 と言ってレティシアは曲を弾き始める。

 白く滑らかな指が動く。

 そして心地よい音色が世界を奏でる。


  ◇ ◇ ◇


「……ていう夢を見たの」

 ミウはそう言って話を締め括った。

「夢かよ!」

 朝食の手を止め、わざわざ最後まで聞いてくれたルームメイトは突っ込んだ。

「てか、話の中のゴム飛行機って何? ゴム飛行機大会? うちの学園に変な伝統作るな!」

「知らない? 飛行機のプロペラがさ……」

「まずその飛行機が何?」

 ––––そっか、この世界には飛行機はないんだった。

「今日、旧総合ホールに行ったら会えるかな?」

「知らねえよ」


  ◇ ◇ ◇


「……ていう夢を見たの」

 レティシアはルームメイトに今朝見た夢の内容を話した。

 そのルームメイトは朝食の手を止めずに話を聞いていた。

「どう思う?」

 相手が反応しないのでレティシアは尋ねた。

「どうでもいいわ」

「もしかしたら正夢になったり?」

「さあ」

「仲良くなれるかしら?」

「話の中ではだいぶ猫被ってたけど?」

「被ってないわよ!」

 ルームメイトは肩を落とし、やれやれと首を振る。

「そもそもあなたピアノ弾けるの?」

「……」

「ほらね」

「でも、この前、リコーダーで習った曲なら」

「リ、リコーダー」

 ルームメイトは額を押さえ、溜め息を吐いた。

「……何て曲?」

「曲名は知らないけど。『ファファソラー、ソファ、ミミミファソー、ファファ、ソ、ラソ、ファファミミレー』って曲」

 ルームメイトは目を閉じて、頭の中でレティシアがそらんじた曲を弾いてみる。

「ああ! 学園長の地元の曲だっけ」

「うん。それならイケるかも」

「もちろん両手弾きよね」

「……」

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ピアノの君 赤城ハル @akagi-haru

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