彼氏は女装男子で、彼女はVtuber

葵 悠静

 本編

 撮影を終えた俺は自室に戻ると疲れた体をベッドにゆだねながら、目の前のパソコンの電源を入れる。


 ふと壁際のデスクの上に置いてあるデジタルフォトフレームが目に入る。

 画面には遊園地のアトラクション順番待ちで、楽しげな笑顔を浮かべながら顔を寄せ合っている男女の姿が映っていた。


 男の方は俺で、女の方は彼女。

 俺には付き合って三年くらい経つ彼女がいる。


 特に何か特別な出会いとかがあったわけではなく、普通に恋をしてそして普通に告白して、付き合い始めた。

そこから2年くらい、恋人らしく誕生日やクリスマスといったイベントを繰り返して、そして1年ほど前から同棲を始めた。


 同棲を開始したのはいいものの、そこから月日が経つにつれて徐々に二人の間に距離ができていくのを感じていた。


 特にお互いに何かが嫌ってことはないんだと思う。

 なんとなく話す時間が少なくなっていって、顔を合わせる時間すら徐々に減っていったって感じ。


 あれほど部屋選びの時は、使うことが無いだろうと言い切っていた2LDKのそれぞれの部屋も、3カ月前くらいから空き部屋はない状態。

 つまりそれぞれが別室で生活をしている。


 なんでそんな状態でまだ一緒に住んでいるんだろうって考えたことはもちろんあるけど、俺としては家賃折半という安い家賃で、広い部屋で住めている。

 まあ俺としてはお得だし、別に彼女が同じ生活空間にいるのが嫌ってわけでもないから、合理的に考えて同棲を続けているって感じだろうか。


 そんな最早同棲というよりはルームシェア状態になっている彼女との関係だが、そのことで俺の生活がどんより真っ暗かと言われればそんなことは全くない。


『じゃあ今日はこのエンドコンテンツ行ってみよー!』


 パソコンの画面に映るのは俺がよく知っているゲーム画面と、SFじみた顔面がてかてかと銀色に輝いている人とは思えない、サイボーグのようなアニメキャラが画面の右端のワイプに映し出されていた。


 そのロボット的な見た目に反して、その表情はコロコロとよく変わり、明るく高い声が特徴的だ。


 彼女の名前は『サイ子』。まあサイ子というのはファンの愛称で、本名は『サイボーグ女の子』というなんとも安直で可愛らしく彼女らしい名前だ。


 彼女はVtuber。


 有名な配信サイトで大体いつも平日の21時ごろから生配信をしていて、俺はそれを欠かさずチェックしている。


 最近登録者の伸びがすごく、あっという間に5万人に達してしまっている彼女だが、俺は登録者が1000人くらいの時から見続けている。

 サイ子ちゃんを見つけたのは本当に偶然で、半年前くらい、そうちょうど彼女との会話が少なくなってきたころにサイ子ちゃんを見つけた。


 天真爛漫な発言と、決してうまくはないゲームプレイだが、なぜか魅せられる不思議な配信者。

 気づけば俺の生活において欠かせない存在となっており、呼吸をするように赤スパを投げるようになっていた。


『ぎゃー!! なにこれー!』


「はは、そこ落ちる?」


 笑いながら、1万円を投下。

 今サイ子ちゃんが配信しているゲームは俺もほとんど毎日やっているMMORPGだ。


 そのエンドコンテンツである高難度ダンジョンに潜っているわけだが、その階層をクリアしている俺ですら気づかなかった罠設置に引っかかって、穴底へ落ちて死んでいた。


 こんなしょうもない事ばっかりしている配信なのだが、だがそれが落ち着くしサイ子ちゃんの反応は見ていて飽きない。


 俺は撮影で使用した女性服を片付けながら、横目で配信を見る。

 そんなながら作業をしながらでも、確認できるサイ子ちゃんの姿を見て思うことはただ一つ。


「はー、尊い」




 いつもの撮影を終えた私は凝り固まった体をほぐすように、伸びをしながらベッドへと寝転がる。


 ふとベッドの宮棚に置かれているデジタルフォトフレームに目がいく。

 そこにはきれいなイルミネーションの後ろで、楽しげに身を寄せ合って揃ってピースサインをしている男女の姿が映っていた。


 女の方は私。男の方は私の彼氏。

 私には付き合って3年と2カ月が経過しようとしている彼氏がいる。

 別に大恋愛をしたわけでも、何かドラマ的な何かがあったわけでもなくただ普通の恋をして、そしてお付き合いを始めた彼氏。


 ちょうど1年と2か月前に彼から同棲を提案され、喜び勇んで同棲を開始。

 もちろん最初は幸せいっぱいで家にいるときは大体一緒だったんだけど、それも最初のうちだけ。


 半年を過ぎるころにはお互いの会話は少なくなり、それぞれ別室で寝ることも多くなった。

 特に何かあったのかとかそういうわけではないけれど、元々仕事の関係上生活リズムがバラバラで、顔を合わせる回数が少なくなってしまったっていうのはあるのかもしれない。


 でも一緒に住んでいるのが嫌になったとか、嫌いになったとかそういうわけではないから別に別れようって考えにもならない。友達にそれを言ってもあまり理解してもらえなかったけど。


 恋愛にとって3か月目、3年目は分かれ目とかってよく聞くけど、まさか自分達がまさに3年目にこんな状態になるなんて、同棲を始めたころは考えてすらいなかった。


 こんな私が人生に悩んでお先真っ暗かって言われると、意外とそうでもなかったりする。


 ベッドに仰向けになりながら、手に持っているスマホで見ているのは、可愛い格好をしてマスクをつけている女の子の姿。


 でもこの人、可愛い服も、綺麗な服も、クールな服も着こなすのに、男性だというのだ。


 これは彼との会話がちょうど少なくなってきた半年前くらいに、たまたまSNSをあさっている時に見つけた通称『マス子』ちゃん。これはこの人のファンが付けた相性みたいなもので、アカウント名は『マスク女装系男子』


 こんなに可愛いのに、この人は俗にいう『女装系男子』なのである。


 最初見たときは私が着ている服に似てて、ファッションセンスとか合いそうっていう軽い気持ちでフォローしたんだけど、まさかの女装だと知った時の衝撃はすごかった。


 でも男とか女とかそんなことは些細な問題で、私はマス子ちゃんの魅力にどんどん引き込まれていった。

 というか、ファッションとかは結構参考にさせてもらっている。


 配信の片づけのためにゲーム画面を切りながら、スマホ画面をスクロールしてマス子ちゃんの画像を眺めているときに思うことはただ一つ。


「はー、尊い」







 彼女とぎくしゃくというほどでもないけど決してうまくはいっていない同棲生活の中、推しのおかげで今日も楽しく生きることができている俺だけど、そんな俺には彼女に一つだけ絶対に話せない秘密がある。


 それは俺の趣味の一つに『女装』というものができたということ。


 そしてそれをSNSで公開しているということ。

 最初から女装に興味があったわけではないし、むしろ男の俺が女性の服を着るというのはどことなく忌避感を覚えていた。


 でも彼女の家でゴロゴロしているときに、半強制的に彼女に女装させられメイクまでさせられた。

 当時は本当に嫌だったんだけど、女装姿の完成した俺を鏡で見てから価値観が変わってしまった。


 思った以上に自分自身が可愛かったのだ。というより男の格好しているときよりもイケているような気すらしてしまった。


 そこから俺はメイク道具を自分で購入するようになった。それとなく彼女にお勧めのメイク道具を聞いたりもした。


 服に関してはショップで買う勇気はなかったし、ネットで買うにもサイズ感が分からなかったため、買ってはいなかった。


 でも彼女との同棲を始めてとある日の洗濯を取り込んでいる日、俺はとうとう我慢ができずに彼女の服を拝借して女性服を着る時の自分のサイズを把握してしまった。


 そこからネットで服を買って、メイクはするものの自信がないからマスクをしてそしてそのまま最高潮に上がったテンションのままSNSのアカウントを作成して、投稿。


 思いのほかネット上での反応が良くて調子に乗った俺は、定期的に女装をして写真をアップするようになった。

 新たな趣味を見つけるきっかけとなった彼女には感謝しているけど、実はあなたの彼氏は女装をして、それを公開して楽しんでますなんて言えるはずがない。


 だから俺はこの趣味だけはなんとしても隠し通さなければならないのだ。




 彼氏と剣呑ってほどじゃないけど、決してうまくはいっていない同棲生活の中、日々更新される推しの女装写真を生きがいに生きている私だが、そんな私には彼氏に絶対に言うことができない秘密が一つだけある。


 それは私が配信サイトで配信をしているってこと。しかも『Vtuber』としてだ。


 最初は彼氏がおすすめしてくれたゲームをプレイしたのがきっかけだった。

 元々ゲームとかは全然やったことなくて、彼氏がゲーム好きっていうのは知っていたけど、そこまで興味はなかった。


 それでもとある日、彼氏の家に行ったときにたまたま一緒にやったMMORPGが面白くて、そのまま私も自分用に購入。


 まんまとそのゲームにはまった私は攻略情報とかを知るために、配信サイトを徘徊していたらVtuberという存在にたどり着いた。


 そしてVtuberの話を友達にしてみたら友達が私も配信してみたらと進めてきた。

 もちろんそんなつもりもなかった私は、ただ笑ってその話を流していたんだけど、どうやら友達は本気だったらしくあれよあれよという間に、モデルを作ってきて気づけば私は配信を始めていた。


 友達曰く見ばれ防止のためというアバタ―姿は、すごくロボットかつサイボーグ的で最初は気が進まなかったけど、いざ始めてみると意外とたくさんの人が見てくれていて、段々と楽しくなってきてしまった。アバタ―にも愛着がわいてきた。


 ゲームの楽しさを教えてくれたことや、配信へのきっかけになった彼氏にはもちろん感謝している。

 でもあなたの彼女はサイボーグ姿でVtuberやってますなんて言えるわけがない。


 だから私はこのことを絶対に秘密にしなければならないのだ。

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