第1話 入学

オンライン授業が徐々に普及し一般化してきたが、それは都会での話だ。

田舎はまだまだ通信状態が安定せず、断続的に通信が遮断されてしまって授業どころではない。

そこで新たな技術による通信手段とVR(バーチャルリアリティ)を使ったオンライン授業の試験運用が行われることになった。

それはタブレットPC型専用端末よって仮想現実空間に作られた教室へアクセスするものだった。

フルダイブ型MMORPGで培われた技術がさらに発展し、視覚、聴覚だけではなく、嗅覚、味覚、触覚の五感全てを網羅し、より現実的な空間を構築した。

実際には肉体から精神のみが離れ、異次元空間へ移動するものだった。

最先端技術が導入された国家レベルのテストではあるが、生徒はもちろん教師にも詳細は公表されていない。

そのテストに選ばれたのが田舎の某県立高校の通信課だった。




俺は田中誠司、15歳。

中学を卒業し、今日から高校生活が始まる。

俺は期待に胸膨らませ校門を潜った。

この高校には、全日制、定時制、通信制の3コースが設定されており選択可能だ。

俺は通信制を希望している。

通信制は今年新設されたコースで先輩はおらず、俺たちの世代が入学早々最上級生になるわけだ。

上下関係のしがらみが無いのが素晴らしい。

中学時代に剣道部に所属していた俺にとっては体育会系の先輩後輩の関係が嫌だった。

それでここを選んだわけだ。

そろそろ入学式が始まるようだ。

入学式は3コース合同で行われ、新入生全員が会場となっている講堂に集まっていく。

校長のどうでも良い話が永遠と続く。しんどい。

全く聞く気が無かったので、話の内容は全く記憶にございません。

1時間ほどで終わった入学式だったが、すごーく長く感じた。

その後、それぞれのコースに分かれ、クラスごとに教室に向かうことになった。


周りを見ると教室には20名ほどの生徒がおり、名前のプレートがついている机にそれぞれ着席していった。

男10名、女10名が俺の同級生になるらしい。

程なくして担任らしき若い女性が入ってきた。


「入学おめでとう。私は君たちの担任になった加藤晴美です。私はこの高校の卒業生で、今年から開設された通信制で初担任に任命されました。至らないことが多々あると思いますが一緒に成長していきましょう。まず、机の中にあるタブレットを立ち上げてください。」


机に手を突っ込んでみるとタブレットPCが入っていた。


「電源ボタンを押してくださいね。わからないときは遠慮なく質問してください。」


加藤先生が淡々とPCの使い方を説明していく。

ぶっちゃけ未だにガラ携の俺にはついていけていないのだが、周りの子たちは全く問題無く操作しているため言い出せないでいた。

すると隣の女の子が見かねて電源ボタンの位置を教えてくれた。


「ありがとう。本当に助かった。」


前髪が長く表情が分かりづらい小柄な少女にお礼を言った。

小さく頷く。

無口な子のようだ。


「それではこれから仮想教室の説明に入ります。アプリを開いてくださいね。明日から8時半の登校時間までにこのアプリを起動してください。まず、自分のキャラクターを作成してみてください。」


アプリを起動するとチュートリアルが始まった。

まず、名前と性別を登録するとPCのカメラが急に起動し写真を撮られた。

突然フラッシュが発光し、驚いて変な声が出そうになったが堪えた。

そして、自分そっくりのキャラクターが画面上に現れた。

ちょっと気持ち悪い。

頭の上には名前が表示されている。

隣の席にはリアル世界と同じ小柄な少女が居た。

頭の上の名前見ると三上愛莉という名前らしい。


「明日からこのアプリを使用してオンライン授業を行います。付属のVRヘッドセットを接続し、装着してください。」


ヘッドセットを装着すると今の現実の教室と同じ映像が広がった。

ちゃんと教壇には加藤先生が立っているし、隣には三上さんが座っている。

違うのは頭の上に名前が表示されていることだけだ。

突然、ダイレクトメッセージが飛んできた。


『大丈夫? 操作できてる?』


『うん。大丈夫だよ。ありがとう、三上さん。今後ともよろしくお願いします。』


声に出さなくても文字に変換され、メッセージが送られた。

今の技術ってすごいな。

ゲームを全くしない俺にとっては驚きの連続だ。


「皆さん、問題無く起動できたようですね。明日からこのキャラクター同士での交流となりますが、楽しい3年間にしましょう。あと、このアプリ開発者からの協力依頼で皆さんには仮想空間にある寮で暮らしてもらいます。実際には自宅から接続してもらうだけなのですが、寮の部屋で暮らしている態で自室の設定もお願いします。」


放課後は、この寮の自室を通してクラスメイトと交流ができるらしい。

仲良くなれそうな予感がする三上さんと交流を深めたいと思っている。

下心が無いと言えばウソになるが、とても気になる存在となった。


「本日はこれで終了となります。大切なことなのでもう一度言いますが、明日8時半に必ずログインしてくださいね。単位が不足すると後で困ってしまいますからね。では、気を付けて帰ってください。さようなら。」


「三上さん、今晩連絡しても良いですか?」


小さく頷いてくれたのでOKのようだ。


「それじゃ、今晩連絡するね。またね。」


小さく手を振り返してくれた。


帰宅後、早速寮の部屋の設定に入った。

部屋は8畳の1DKになっていた。

基本的な家具は一式揃っているようだ。

そこに今朝教室で作った俺のキャラがウロウロしている。


「それじゃ、VRを接続してみるかな。」


ベットに横になり、ヘッドセットを装着した。

目を開けると風景が変わり、あの寮の部屋のベットに横になっていた。


「あれ? ベットに寝ている感覚があるぞ? 臭いもある。五感全ての感覚がある!」


楽しくなってしまい、キッチンの水道を意味もなく捻って水を出したり、トイレを流したりしてしまった。

その後、シャワーを浴びてみた。


「あっ! 着替えが無い!」


仕方なく、さっきまで着ていた服を着た。

お湯を沸かし、お茶を飲んだ。

そして、足りないものをメモに書いてまとめていった。


「まず、着替えだな。あと、お菓子がほしいね。味覚があるのだからおいしいものが食べたいよね。なら食材もだな。」


そんなことを考えていると三上さんの方から連絡がきた。

めっちゃくちゃ嬉しい!


『田中君、今、大丈夫?』


『大丈夫だよ。今、寮の部屋の確認をしてたんだ。なんか仮想世界なのに感覚があっておもしろいね。』


『フルダイブ型だからね。私も丁度お部屋の整理をしていたところよ。』


『フルダイブ型?? ごめん、あんまりよくわからなくて。学校でもフォローしてくれてすっごく助かったよ。』


『そうだったんだ。私はゲーマーだから結構慣れてるの。フルダイブ型RPGとかやり込んでたから。それに明日から教室もフルダイブ型になるって校長先生が言っていたわよ? もしかして、入学式の時寝てたの?』


『一応起きてはいたんだけど、聞いていませんでした。ごめんなさい。』


『仕方ないわね。これからもフォローしてあげるから任せて。』


『それは助かるよ。よろしくお願いします。』


教室では無口だったのに、なんかイメージ変わったぞ。


『三上さんはもしかして人見知りさんなのかな?』


『うるさいです! 恥ずかしがり屋さんなんですよーだ。でも、オンラインは平気なんだ。だからこの高校を選んだのよ。』


『なるほどね。俺は新設のコースだったから選んだんだ。』


それからしばらく世間話をしてお互いのことを理解した。


『感覚がリアルと変わらないからってこっちで寝ちゃダメよ。ちゃんとログアウトしてリアルで寝てね。そして、明日は8時半にログインするの忘れないでね。』


なんかお母さんみたいな発言になってきたよ。


『うん、わかった。おやすみなさい。』


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