第21話  ある夫婦の物語 sideシリル

 セオドリック・メレディス・カークランド。


 これはこの世へ無事に誕生してくれた俺の息子へ最初に贈るプレゼントだ。



 俺は王都に住む者の様に洒落た事なんて何一つ出来はしない。

 だからこれに関しては夫として何時もアンには済まないと思っている。


 14歳の頃から戦に明け暮れる毎日だったからな。

 生まれは貴族だが実際は貴族らしい洗練されたセンスや所作なんてものを俺は一切持ち合わせてはいない。


 その様なものよりもだ。

 毎日死に物狂いで戦えば、生きて無事に帰る事だけが全てだったのだから……。



「貴方が生きてこうして無事にお戻りになられる。そしてまた私とこの子と一緒に過ごして下さるだけで本当に十分ですわ」


 何時もそう言って我儘を言わなければ、何かを強請ると言う事すらアンはしない。

 ただただ俺の無事だけを心より願ってくれた俺の最愛の女性。


 その最愛の女性の胎より生まれた息子へ唯一として贈る事が出来るもの。


 名前――――だ。


 これはその者をたらしめるもの。


 セオドリックよ。

 お前のミドルネームには俺と親子である証として同じ名を贈る。

 

 このメレディスと言う名は俺達の先祖がこの地へと流れ着き、国王と契約を交わした後アッシュベリーの地の領主となりし偉大なる初代の名。


 メレディスと言う名を持つ者こそがアッシュベリー、引いては俺達の一族の長となる者の名だ。


 だからセディー、これより先……そうだな、もし俺の身の上に万が一の事があったとしよう。

 そしてきっと未来にお前へと襲い掛かる困難があったとしよう。

 その時はこの名がお前を護ってくれる。


 抑々そもそも俺達は貴族らしくない貴族なのだ。

 また俺達には貴族以外の血が流れている。

 

 確かに物理的にお前と俺の身体に流れる血は異なるのやもしれない。


 だがな、そんなものは全く関係ないのだよ。

 アンが俺と結婚し心を通わせてくれた様に、俺とお前には愛情と言う名の血がしっかりと通っているのだ。


 だから何時でも前を向いて進むがいい。


 お前の指し示す先が俺達一族の道なのだから……。



 俺は初めてセディーを腕に抱き、この腕の中で健やかに眠る小さな生き物への感動と愛おしさで思わず男泣きをしてしまった。


 アンはそんな俺達の姿を見て何時までも微笑んでいた。


 ああ俺達家族の幸せは始まったばかりだ。


 これから俺達の先は幸せしか存在はしない。


 そうしてセディーが生まれて四ヶ月経ったある夜の事だった。



「シリル様、どうか今夜真実の意味で貴方の妻にして下さいませ」


 頬を、いや薄絹の夜着より透けて見えるのは、新雪の様な真っ白の肌を薔薇色へと染め上げるのはこの世界で一番清楚な乙女なのに何故か匂い立つ様な妖艶さを併せ持つ女神の如き美しいアン。


「か、身体は大丈夫なのか」


 恥ずかし気に身体をもじもじとさせながらも決死の告白をするかの様なアンの気持ちは痛い程よくわかる。

 俺自身ここまできて据え膳を食わぬ、食えない訳にはいかないと言うかもう色々と限界だった。


 だがそれでもだ。

 必死に理性を搔き集めればどうしても最終確認をしなければその先へは進みたくとも進めない。


 騎士としていや、一人の男として愛する女性の身体が何よりも大切ならば絶対だった。


「あ、え、ええその……せ、先生よりもきょ、許可も出ていいるので――――⁉」

「愛している!! 誰よりもアンを愛しているだからもう待たない!!」


 が出ていると聞いた瞬間俺は頭で考えるよりも身体が動いていた。

 そう少し怯える表情をするアンを横抱きにすればだ。

 躊躇う事無く夫婦の寝室に入り中央へ鎮座する寝台に細心の注意を払いアンを降ろした。



 この世で一番大切で、本当に大切で愛おしい俺の唯一。

 14歳の時に出逢った俺の初恋。

 

 身分違いだと何度心の中で諦めただろう。

 そして何度アンへ焦がれる様な恋情を抱いただろう。

 

「愛している。優しく出来るかはわからない。何しろこの年齢で女性を抱くのはそのだな、初めてだから……」

「わ、私も自分からこの様な事を強請るのはその……生まれて初めて――――」


 その先に言葉はいらない。

 

 いや愛を語る言葉なら幾らでもある。


 この夜俺達は初めて夜を共にした。

 

 生まれて初めて知り貪る様に味わう愛しい者の存在。

 悪いとは思うがもう止まる事は出来ない。


 何度も何度も彼女の中で果てればだ。

 果てる毎に尚猛る己の愚息へ少々呆れはするものの、それでもやはり腕の中で俺の与える全てで彼女がより一層艶やかに美しく咲き誇るのが何よりも代え難くまた嬉しかった。


 夢の様な一夜。


 生涯において初めてで最期の一夜だった。


 


 

 

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