第22話 ある夫婦の物語 Sideアン
「一体これは何の真似です」
「王女殿下申し訳ありません。陛下の、王命により殿下には公妾として後宮へ入って頂きます。逆らわれればお分かりですね」
最早元王女への礼儀なんてものは存在しない。
彼らの態度はあからさまに見下されたもの。
国王である兄の妾へならなければ旦那様を、引いてはアッシュベリーへ総攻撃をかけると言う脅し。
そして何よりも私は護らねばならなかったのです。
五ヶ月前に産みし我が子セディーの出生の秘密。
何故なら兄との子はアッシュベリーへの旅路にて流産してしまったと既に届を出していたのです。
従ってあの子は書類上は旦那様の実子。
本来の産み月よりも約二ヶ月程誤魔化しての出生届。
偶然にも予定より二十日余り遅くに陣痛が来なかったのと、後の調整は早産だったと言う事で何とか帳尻を合わせたのです。
ですがそれもあの子の姿を一度でも見れば父親が誰なのかは一目瞭然。
旦那様、シリル様どうかお許し下さいませ。
私はこの子と共に――――。
あれはあの情熱的な夜を、旦那様と初めて過ごした夜より約二週間程経過した頃でしたわ。
まあ余り大きな声で伝える事は出来ませんの。
ええ、その余りにも旦那様がその、あ、あのですわ。
そう閨が激しくて翌日の夕暮れ近くまで私を、その放して下さいませんでしたの。
私は生まれつき身体が丈夫ではない事もあり、流石に心身共に精魂尽き果てればですね。
腕ではなく指先一つ、声を出す事も出来ないくらいに疲労困憊となりましてね。
情けなくもそれから十日余り寝込んでしまいましたの。
旦那様と言えば侍医を始め侍女長のエルミス夫人やリザ、執事のハロルドとその他大勢の者よりとても怒られたそうです。
何故その事を知っているかと言えばそれは私の部屋へ訪ねてくれるだろう者達皆が口を揃えて言うのですもの。
長年の初恋を拗らせまくりの絶倫大魔王って。
それを言われる度に顔が熱くきっと赤くなっていると思いますわ。
何かもう全てを皆に見透かされているようなのですもの。
まあそれを言えば王宮で暮らしていた頃は普通に全てを管理されていたのです。
だからそのくらい何も動じはしないのですけれどもね。
ただ何と申しましょうか。
普通の事なのにここアッシュベリーに住む者達は皆心が温かいのです。
感情が豊かでしっかりとここで生きていると実感が出来るのです。
そう王宮とは雲泥の差。
アッシュベリーが楽園ならば王宮は墓場……ですね。
毎日が幸せで、何処か擽ったくて甘い日々。
愛する旦那様と愛しいセディーと皆で仲良く暮らしている。
妊娠中は、少なくともシリル様と心を通わせるまでは死ぬ事ばかりを考えていたと言うのにです。
今は何時までもこうして生きていたいと願ったのがいけなかったのでしょうか。
暫くして王宮より年始の挨拶へ夫婦揃って伺候しろと使者がやってきたのです。
ですが年始と言うには余りにも時間が経ち過ぎている。
そう今は春から初夏へと季節が変わろうとしています。
確かに年始の挨拶は貴族の務めでもあります。
そこへ妻を伴う事も……。
アッシュベリーは王国の堅牢の盾。
その役割故に社交界での決まり事等守れよう筈がないのは周知の事実。
本来ならば戦場で駆け回る夫へ成り代わり妻である私一人でも王宮へ伺候せねばいけなかったのでしょう。
しかしながらです。
私は私の身体へ悍ましくも執着する兄の許へ訪れる事が出来なかった。
それに出産したばかりの身体でしたもの。
体調の整わない状態での移動は色々と無理だったのです。
ですが此度はその言い訳は通用しない。
帝国も今は落ち着いているし私の体調は……。
「無理をしなくてもいい。王宮へは私一人で向かうからアン、貴女はここで待っていてくれないか」
「旦那、様……」
この日私は大人しく旦那様のお言葉通りに従っておれば未来は変わっていたのでしょうか。
いえ、それはわかりません。
何故なら相手はあの兄だからです。
私を取り戻す為ならば此度だけでなくこれから何度でも何かを画策すればこうして仕掛けてくるでしょう。
だからシリル、お願いですからどうかご自身を責めないで。
私は貴方とこうして心を通わせる事が出来ただけで、この世へ生まれて良かったと心より思っているのですからね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます