第15話  ある夫婦の物語 sideシリル

 アンジェリカと初めて出逢ったのは今でも忘れる事のない王宮内にある少し奥まった場所にある庭園。

 

 俺は初陣を前にし先王陛下との初の謁見を前に色々と、いやそれはもう今では考えられないくらいに緊張をしていたのだ。


 何故ならこの初陣にしてある程度死の覚悟と言うものは当然の事ながら一騎士としてしなければいけない。

 そう今よりもあの当時はまだまだ帝国とはとてもではないが友好を結ぶ事が善しとは言えない状況でもあった。


 何より先帝は野心溢れ好戦的な人物だったからな。


 領土拡大の為ならば女子供も構わず嬲り殺せばだ。

 自身の愛馬へ騎乗するとわざと周囲へ見せつける様にその屍の上へ歩かせていたと言う。

 また先帝だけではなく帝国の者は何かと血の気の多い者が多くいるのも問題だったのかもしれない。

 そんな帝国と常に国境を何処よりも接し命を賭して護らねばいけないのが我がアッシュベリーなのである。



 幼い頃より俺は父上だけでなく多くの騎士や兵達が傷つき亡くなっていく姿を見て育った。

 だからアッシュベリーを引き継ぐ者としてこの場所より一歩たりとも引く事は許されないのだと子供ながらに理解をしていた。


 そして何時の日かくるだろう初陣の為に俺は自ら進んで鍛錬に励んだのは言うまでもない。

 

 確かに俺の心の中ではアッシュベリー、引いては王国を護る盾となるべき者なのだと言う自覚は育っていた。

 何時でもその日を迎える事が出来る様に鍛錬は誰よりも励みまたその期待を応えてもきた。


 だが違うのだっっ。


 14歳となり初陣を本当の意味で目前に控えたある日の事だった。

 父に伴われ俺は初めて陛下へ謁見を賜る機会、いやあれは多分14歳にして死ぬかもしれない者へのはなむけだったのかもしれないな。



 国の為とは言え僅か14歳で死地へ向かう者へ陛下なりの餞だったのだろう。


 俺はその意味を深く考える事もなく王宮へ到着するまでいや、正確には謁見の時刻となる直前まではそれを誰よりも誇らしく思っていたのだ。


 次期アッシュベリーを継ぐ者として認められたのだと……な。


 しかし謁見を前にすると急に何もかも全てがどうしようもなく怖くなってしまったのだ。


 そうこの謁見が終われば初陣は正式なものとして認められ、最早逃げや隠れも出来なくなる。

 さすれば待っているのは血塗れの戦場であり血に飢えた皇帝や帝国の騎士達が俺を殺さんと待ち構えているのだと思えばだ。

 それが何とも心臓が縮み上がるくらいに恐ろしくなれば俺は父上達へ少し気分転換をすると言い実際は庭園の奥へ逃げてしまった。



 怖い怖い怖い怖い怖い怖い。

 ここより一刻も早く逃げてしまいたい!!


 何故普通の貴族家へ生まれなかったのだろう。

 どうして平和な時代に生まれてこれなかったのだろう。


 両の腕で震える身体を抑え付けながらもこの様な姿を誰にも見られたくはないと言う羞恥心はある訳で、だから大きな身体を出来るだけ縮めさせればだ。


 頭の中では逃げ出す事しか考えずそればかりを繰り返し声を出さずに叫んでいた時だった。



「――――大丈夫? 何処か痛い……の?」


 決して泣いてはいない。

 だが滲む……これは汗なのだと自身へ言い聞かせればだ。

 ぼやけた視界より垣間見えたのは芳醇なワインを思わせる様な深いワインレッドの髪にキラキラと光る澄んだ青い瞳をした美しくも可愛らしい小さな天使――――。


 それが俺とアンジェリカとの最初の出逢いだったのである。


 あの瞬間本当に彼女の背には美しくも白い羽が生えている様に見えたのだ。


 多分アンジェリカ自身は覚えてはいないだろう。

 だが俺からすればこれは奇跡の出逢いだったのだ!!


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