第9話 ある夫婦の物語 Sideアンジェリカ
私達を乗せた馬車の一行はこれまでとは違いぐんぐんとスピードを上げては行き交う人や建物を追い抜いていく。
私とリザは馬車の中ですので外の様子は全くわかりません。
勿論馬車に窓はついているのですが今はカーテンで固く閉じられているのです。
そう今私がここにいる事を知られない様にするが為に……。
外の景色こそ何も分かりませんがでも外で私の乗る馬車を護る様に突き進む騎士達の気配は皆恐ろしいまでの殺気が漲っておりました。
何があろうとも決して貴女を護ってみせる!!
私が王都より迎えに来た馬車へ乗り込もうとした瞬間に旦那様より告げられた力強い言葉。
本当に生まれて初めてでした。
心が震える程に感動しその言葉によって今までになかっただろう勇気と気力を頂いたのは……。
コンコン
「は、はい」
突然のノックに思わず声が上擦ってしまいました。
『アンジェリカ様、もう少し先の宿場町で馬を替えている間に休憩を取ります。申し訳ありませんが念の為宿泊をせずこのままアッシュベリーへと向かいます』
馬車を止める事無く旦那様はそう伝えられました。
「はいわかりました。どうか私への気遣いは無用に御座いますわ」
『そう申して頂けると助かります。ですが無理はしないで下さい』
それを申し上げるとすれば私ではなく旦那様や騎士の皆様の事でしょう。
勿論馬達もですが……。
「旦那様方もどうか無理をしないで下さいませ」
「そのお言葉だけで十分です。では――――』
そう返事をなさった旦那様はスッと馬車より離れて行かれました。
勅使へ旦那様が物申されたあの瞬間私はほぼ同時に彼の腕の中へと抱き締められていました。
兄の一件により異性から身体を、挨拶の為とは言え手が触れられる事でさえも嫌悪感を抱いていた私でしたのに一体どうした事でしょう。
兄よりも旦那様はとても大きなお身体そして引き締まった硬くも弾力のある温かな腕の中へ抱き締められた瞬間私が真っ先に抱いたのは嫌悪ではなく、安心と安堵を感じ思わず緊迫しているというのにも拘らずほっとすれば思わず涙を滲ませてしまいました。
こうして出来得るものならば何時までもこの腕の中にいたい。
その様な浅ましくも烏滸がましい願い等決して思ってはならぬと言うのにです。
なのに旦那様はぎゅっと優しく腕の中の私を抱き締められた後リザと共にアッシュベリーの馬車の中へと私を押し込めればです。
『忠誠も誓ってはおらぬ王の命令等聞けぬ。故に我らはアッシュベリーへと帰らせて貰おう。文句があれば王自らアッシュベリーへ来るがいい!!』
まさに捨て台詞。
また反意ありと問われても仕方のない言葉に私はどうすればいいのでしょう。
このまま一刻も早く馬車を降りれば兄の許へ下る事が一番の解決法だとわかってはいます。
でも他の誰でもない私自身の心がそれを強く拒んでいる。
旦那様に抱き締められる前ならば、馬車へあのまま乗っておればそれも致し方ないといえ、そのまま命を絶っていたでしょう。
こうして旦那様と真面に言葉を交わしたのはほんの僅か。
でも何故か旦那様は私の心を見透かして、もしかすると私が命を絶とうとしているのを知っていらしたのでは……。
そんな漠然とした思いが私の心の中に存在します。
何も確認した訳ではありません。
その確認をする事自体私には許されないのですから……。
そうして私達一行は休む間も惜しみ王家も簡単には手を出す事も出来ないアッシュベリーの地へと強行する事となりました。
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