第8話  ある夫婦の物語 Sideアンジェリカ

『失礼致します王女殿下。迎えの馬車が到着いたしましたなれば速やかに馬車よりお降り下さいませ』


 否やを言わせぬ強い物言いでした。


 きっと近衛の騎士なのでしょう。

 普通に考えれば高が騎士如きに元王女である私へこの様な無体を働く事等出来ません。

 ですが今彼は兄の、国王の勅使なればこそこの様な傲慢な態度に出ているのでしょうね。


 恐らく兄はこの者へ私の身体についても話しているのかもしれない。


 また兄とこの騎士が邪推するまでもなく私と旦那様の関係は白い結婚。

 然もかの領地へ到着していない現状は正式なる結婚とはみなされてはいない。


 そう、何時までもこの馬車から動かずにいるのは旦那様達の為にはならない。

 

 何も出来なかった私がせめて夫となった貴方へ出来る事。


 アッシュベリーの黒い部分を全て背負う事が出来る稀代の悪女ではなく、何時も騎士達と共に命を懸けて国を護られている貴方へ有益となるものを何かしら引き出す為に、本来ならば兄と対峙し願い出るのが筋でしょう。


 ですが私はどうしてももう二度とあの兄にこの身を触れさせる事を受け入れられないのです。



「アンジェ様……」

「それでは参りましょう。これ以上旦那様のご迷惑になるといけませんからね」


 パタン――――


「旦那様短い間でしたけれどもお世話になりました」


「あ、ンジェリカ様?」


 私はゆっくりと旦那様へとカーテシーをしました。


 御機嫌ようそしてさようなら。


 今生の別れを込めた私なりの挨拶だったのかもしれません。



「では王女殿下こちらへどうぞ。陛下よりくれぐれも丁重にお連れ申せと承っております」

「……私へ触れるではない。そなたらのエスコート等必要とはしません」


 恭しいながらも半ば強引に私を馬車へと押し込もうとするその手を私は頑なに拒みました。


 これがせめてもの私に出来る抵抗。

 またドレスの中に隠し持っているものを気取られない為にも――――です。


 そうして私の前に王室専用の馬車の扉が開かれます。

 この馬車へ乗り込み次にこの扉が開かれる時には私達はもうこの世にはいないでしょう。


「アンジェ様どうぞお手を……」

「有り難うリザ」


 そうして乗り込もうとした瞬間でした。



「お待ちくださいアンジェリカさ……いえアンジェリカ。貴女は私の妻です。幾ら陛下の勅使だろうとこの堅牢の盾である我がアッシュベリー辺境伯夫人となった妻を連れ去る行為をおめおめと見逃す事は出来ませんな」


「――――だ、旦那……様?」


「へ、辺境伯殿!! これは国王陛下よりの勅令ですぞっっ。そして私は陛下の勅使でもある。頭が高いとは思われぬか。事と次第によれば辺境伯だとて無事には済まされぬのですぞ!!」


「ほう、何が事と次第ですかな。それはそうと私は先王陛下とは忠誠をお誓い申した記憶はあるのですがな。現国王陛下とはまだ臣下としての忠誠はお誓い申してはおらぬ。良いのか? そなたの態度一つで我がアッシュベリーは王国より離反し建国の道を選ぶか若しくは帝国へ属する事も厭わぬ」


 一体何を旦那様は仰っているの。


「先王陛下へ忠誠をお誓い致した際に陛下は王国の盾となる我がアッシュベリーへ王家と対等であると申された。その際の書状もきちんと交わされておる。故に王族と対等である我がアッシュベリーの令夫人である妻を勝手に連れ去る事は出来し到底許される行為ぞ」


 その様な約定を亡き父と旦那様は取り交わされておいでだったのですか。


「し、しかし先王は既に崩御なさいましたぞっ。現在は先王の王子であられた現王陛下なのですぞっ。忠誠は現王陛下へ自動的に引き継がれている筈。故に辺境伯の主は昔も今も変わらず国王陛下であります!! だからしてこの行為は反逆と――――」


 いけませんっ、その様な大事を私は望んでは――――。


「ほぅと申したのか。これは聞き捨てならぬ。我がアッシュベリーを反逆者と呼ぶのか一介の騎士である其のほうがっっ。まだ騎士の何たるかもよくわかってはおらぬひよっこの分際で我がアッシュベリーを愚弄するとはな。ふん良い教えてやろう。我がアッシュベリーの騎士は王国の騎士とは格が違う。そして何より懸けているものが全く違うのだ。故に王族は我がアッシュベリーとは厳密に貴族で言う臣下の枠には属さない。簡単に言えばだ。代々の国王の身とアッシュベリーの当主のみが忠誠の誓いと言う契約を交わす。その対価としてアッシュベリーの地を受け取ったまでだ。また先王陛下より行く行くは王女アンジェリカとの婚姻も打診されておったのだからな」



 まさかのお話でした。

 余りの事で理解が追い付かないと申しますかお父様より既に結婚の打診があったとは――――。


 王族との契約と言う話も驚きでしたが、結婚を決められていたと言うのに私の身に起こった不幸が益々私の心を委縮させればです。

 

 この様に雄々しくも立派な御方を裏切っていると言う事実に私は胸を痛めてしまうのでした。

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