第15話  旦那様の事情と父子の絆 Ⅱ

 俺は夜が更けるまで静かに寝室で休んでいた。

 皆が寝静まった頃になるのを待ってそっと静かに起き出せば、隠しておいたお菓子とお小遣いを持つとバルコニーから木を伝い降り、そうして屋敷を抜け出す事に成功した。


 屋敷を出て走っていく中、本当は泣く心算なんてなかったのだ。

 でも父上やアッシュベリーの皆とこれでサヨナラなのだと思えば、何とか汗なのだと思いたいのに目から涙が拭っても拭っても溢れ一向に止まる様子はない。


 本当は我儘を言えば俺の愛馬も連れて行きたかった。

 だけどこれ以上父上より奪う事を躊躇われた故に俺は一人行く事にしたのである。

 そうして小一時間歩いただろうか。

 何時もの遊び場所に近い小川まで来ると誰もいない静けさに少し寂しさを感じつつもそっと腰を下ろしチロチロと流れる小川に移る夜空に光る星を眺めている時だった。


「……そろそろ一緒に帰らないかセディー」

「――――っっ!?」」


 振り返らなくてもわかる。

 力強くも優しい声音に心が震えれば止まりかけた筈の涙が一気に溢れ、あっと言う間に決壊した。


「確かにお前と俺とは血の繋がりはない。だがなお前は誰が何と言おうとも俺の愛しい息子なのだ。アンジェリカの、アンの残してくれた俺の希望がお前なのだよセディー」


 俺は膝を抱えたまま動く事も振り返る事も出来なかった。

 ただガタガタと訳も分からず身体を小刻みに震えさせていた。


 こんな都合のいい現実何てあり得ないだろう。

 だからこれは夢――――!!


「お前は俺のただ一人の息子だセディー……」


 背後からそっと父上が俺を抱き締めてくれた。

 温かくそして誰よりも強くまた優しい腕で抱き締められれば俺は……。


「お前にわかる様にちゃんと説明するからっ、だからお前までアンの様に俺の許よりいなくならないでくれっっ」

「ち、父……上っ⁉」


 抱き締められる温かい腕の中。

 誰よりも強く逞しい自慢の父上がである。

 俺の肩に大きな顔を埋めれば、大きな身体を震わせるだけでなく、声を押し殺して泣いていたのである。


 アッシュベリーの一の騎士。

 王国の堅牢の盾と呼ばれし父上が泣いて……いる?


 俺もしっかり泣いていたがまさかの父上まで?


 俄かには信じられなかった。

 でも現実にこうして父上に抱き締められている。


 俺達父子は暫くの間身体を抱き締め合って泣いていた。

 そうして泣き止んだ後俺と父上は話をしたのだ。

 

 それはこれまでで一番長い話をしたのであった。

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