第14話  旦那様の事情と父子の絆

「……確かにお前と俺の間に血縁関係はない」


 それは他の誰でもと言う訳ではない。

 誰よりも大好きで尊敬する父上に言われたからこそ俺の心に受けただろう衝撃は半端なものではなかった。


「じゃ、じゃあ僕は、僕は父上の子供でなければ……」



 

 穢れし存在。

 貴族でない者の血を半分受け継いだ純血ではない人間。

 

 ああだからなのか。

 だから彼らに蔑みそして何度もステッキで打ち据えられてしまったのか。

 俺の身体に流れる血の半分がから……?



 俺は寝台の中で埋もれる様に上掛けを頭で被ってしまった。

 貴族と言う純血の父上を見るのも辛いけれどもそれ以上に俺を見つめる父上の悲し気な視線にどうにも居た堪れなさを感じてしまった。



 何故?

 どうして?

 ねえ何故父上は血の繋がらない、この家とは全く関係のない俺を愛し育ててきたのか……とそれが不思議でありまた信じられなかった。


 そう子供でも分かる常識。

 大人達の無責任な行動によって生み出されていく純血ではない者ヘテロ達。

 勝手な行動の末の産物を勝手に差別するんじゃない!!



 幾ら父上が偉大な領主であったとしてもである。

 個々の口にまで戸は立てる事は出来ない。

 この地に住む騎士や領民達は幼い頃よりこんな俺を優しくも受け入れてくれた。

 

 だが帝国や周辺国へ行き来するだろう旅人や商人達、貴族や騎士……の全てとは言わない。

 

 いや、これまで父上は色々な意味で俺を必死に護ってくれていたのだろう。

 だがそれでも時折聞こえてはきたのだ。


 


 最初は意味が分からなかった。

 また誰に訊いても詳しく答えてはくれないし気が付けば何時もはぐらかされていたりする。



 それはそうだろう。

 本人を目の前にしてヘテロの意味とそれがお前なのだと心優しい者達が言える訳がない!!


 また旅人達は無神経にも如何にヘテロが差別を受けているのかそして世間に、いや貴族社会に受け入れられない存在なのかを面白可笑しく囃し立てればだ。

 田舎に住んでいるだろう者達へ、それこそ大人や子供関係なく話を聞かせては無責任に立ち去っていくのみ。

 そしてその旅人の話を聞く子供達の中に俺はいた。


 このアッシュベリーには誰にも受け入れられないヘテロがいる。

 しかしそれが誰なのかはわからない。


 子供達の間でその話は次第に盛り上がる。

 だがそれもほんのひと時だけだった。

 結局それが誰なのかはわからないまま、でもこの地に住む人は皆強く優しい。

 程なくして最後には誰もヘテロについて話題にしなくなったのだ。


 そう知識としてヘテロと言う言葉と意味を知っている……だけ。


 まさかそのヘテロが自分だった事に対し俺はショックであると同時に、これからをどう生きればいいのかが正直に言ってわからないけれど幼いながらにわかる事は……。

 


 父上の子供ではない。

 アッシュベリーの人間でない以上この地に住んではいけないのだろう。

 そうなれば俺は何処へ行けばいい?

 

 本来ならば母上を頼りたいのだが既に俺の母は亡くなっていた。

 また母上は現国王の妹。

 ヘテロを忌み嫌う貴族達の頂点にいる一族。

 俺が王都へ、王宮へ行ったとしても到底受け入れて貰える筈はない。

 だとしたら何処へ――――。



 俺は寝台の中でぐるぐると処理が出来ない問題を抱え悩みに悩んだ。

 つい数日前までは幸せだったのに、亡くなった母上の分までも愛してくれる父上の子供として誇らしいと思っていたのにだ。


 現実を知った今ではその幸せは根底より脆くも崩れ去ったのである。


 俺はもう一人なのだ。

 もう父上やこの地に住む皆を頼ってはいけない。


 だからと言って子供の俺に何が出来るかなんてわからないし出来たとしても高が知れているだろう。


 だがそれでもだ。

 今の俺は何度も打ち据えられた身体に残る傷よりも、もたらされただろう一つの真実によって心が押し潰されそうなくらいに痛くて辛い。

 そして何より俺が生まれてからずっと何も知らずにである父上に護られていた事に対し申し訳ないと思うだから……。


 出て行こう。


 俺もアッシュベリーの男としてこの地で生まれ今日まで育ってきたのだ。

 これからどうなるのかなんてわからないけれどもだ。

 身寄りがないのであれば一人で生きていくしかない。

 そう事実を知った以上もうここにはいられない。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る