第12話 夫の事情と謂れのない暴力
*少々胸糞注意です。
「この穢れし者が!!」
「ぁうっ⁉ い、痛い!!」
それは突然だった。
男は持っていただろうステッキで一瞬も躊躇う事無く俺の身体を打ち据えた。
一度ではなく何度もだ。
然も直ぐ目につくだろう顔や手ではなく着衣で見えない部分を的確にだ。
今思い出せばきっと暴力を振るう事に慣れていた故の行動だったのかもしれない。
そしてこれはその日だけではなく彼らが滞在している間、まるで単なる暇潰しでもするかの様に彼らは屋敷の者の目を掻い潜り俺が一人でいる所を見つければだ。
何度となく打ち据え暴力を振るう。
俺が一体彼らへ何をしたと言うのだだろうか。
それとも父上が彼らへ?
いやあの様に清廉潔白、勇猛果敢な父上だぞ。
求めに応じ親切心で屋敷への逗留を許可すればだ。
それ相応に賓客として彼らを持てなしていると聞いている。
また決して客である彼ら疎かにしてはいない筈。
ならば何故?
どうして俺はこの様な目に遭わされている?
まるで罪人……それにヘテロって確か意味は穢れし……者?
この俺が穢れている?
何故?
俺は紛れもなくこの辺境侯爵家の嫡男セオドリック・メレディス・カークランドだっっ。
ちゃんとした貴族の子であり決してヘテロなんて――――っっ。
「おやおや全く躾のなされていないヘテロだな。辺境候はきちんと躾けていないようだからこの私が直々に躾けてやろう。先ずはその眼つきが気に食わん!!」
ガン
一瞬目から火花が弾け飛んだした様な衝撃を受ける。
その次に口の中で鉄錆臭い味がじわじわと広がっていった。
ガン
「あう⁉」
「貴方、見える所はやめて下さいな。幾ら相手がヘテロだろうとまた辺境候の躾がなされていなくともです。人の目と言うものがあります故にほほほ……」
「ああ、最初だけだ。こいつの眼つきがどうにも気に入らなかったものでな。後は見えない胴体や尻そして背を打ち据えてやるだけさ。さあお前は一体どのくらい私達を愉しませてくれるのかな。ヘテロとは我ら純血を愉しませる為だけの存在だからな」
彼らの話す言葉の意味が全く分からなかった。
そして何度も何度もステッキで打ち据える男とそれを見て嘲笑う女。
こいつらは狂っているのかと思った。
でもそれと同時にこいつらの前では決して泣き叫ぶものかと必死に痛いのを我慢をすればだ。
気を失うまで俺は声を出来るだけ押し殺した。
それが返って彼らの加虐心を煽る結果になるとも知らずに……。
「この!! いい加減哀れに泣き叫べ!! そして厭らしくヘテロに相応しい赦しを乞うがいい!!」
「あ、貴方少々……」
「煩い!! 私は親切心で躾けてやっているのだ。躾けている以上許しを乞うまで罰を与えるのは当たり前であろう――――⁉」
ボフンと消えゆく意識の中一瞬にして男が吹き飛んだように見えたのだ。
それと同時に女の悲鳴と言うか、まるで雄鶏が金切り声を上げている様な声だったな。
そして力なく地面に倒れている俺を優しい、ああこれは俺の知っている誰よりも強くて優しい父上の腕でそっと抱き上げられる。
「済まない。もっと気を付けるべきだった。こ……んな、この様な謂れのない暴力を受けていい正当性等何処にもない!!」
その瞬間ぶわっと父上の身体より闘気が放たれた。
俺の意識は父上の放った闘気で最後のとどめを打たれた様に、そこでぷつんと途切れてしまった。
次に目を覚ましたのは俺の寝室だった。
目の前には侍医のバートに何か注意を受けしゅんとしている父上の姿。
何時もみたいに胸を張って堂々と男らしい父ではなく、背を丸め常とは違う自信なさ気と悲しみを湛えている瞳が何とも印象的だった。
「セディー⁉」
「若、お加減はどうですかな?」
「あ、ぐふ……」
喉がカラカラで知の味がして粘っこく、上手く言葉が発せられない。
それを察したバートは白湯の入った陶器の吸い飲みで少しずつ飲ませてくれた。
「あ、ありが、とバート」
バートにお礼を言ってから俺は父上を見上げた。
すると父上はこれ以上ないくらい泣きそうな表情のまま俺の前へと腰を下ろし……。
「心配した。物凄く心配したぞセディー。お前の母上を亡くした以来……いやそれ以上に心配したのやもしれぬ」
その父の言葉に恐らく鬱偽りはないと俺は思った。
けれども彼らの俺を呼ぶヘテロと言う言葉が頭と心に刻まれたままなのだ。
だから俺は……。
「僕は父上の子供ではない――――の、ですかっっ!!」
父上を困らせる質問だとわかってはいるけれどもだ。
どうしてもそれらをなかった事に俺は出来なくて、気が付けば泣きながらそう叫んでしまっていた。
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