第9話 妻の事情と時々見えるのは大きな耳と尻尾
「美味しい?」
「あ、ああ……う、美味いっ」
やや分厚くカッティングしたモーの肩ロースを軽くローストした後でパイ生地を包み焼き上げたものをである。
適度な大きさへ切り分けられたそれへ甘酸っぱいバルサミコソースを掛け、添え物のマッシュポテトのグラタンと人参のグラッセを流れる様な所作で美味しそうにメイナードは黙々と、普通にはわからないけれどもほんの微かに頬を緩ませているのはきっと満足してくれているのだと私は思う事にする。
「ブロッコリーのポタージュと新鮮な魚介と春野菜のサラダとはい、メイナードはこれも大好きよね」
急いで作ったのは玉子とお野菜や果物が沢山入ったゴロゴロポテトのサラダ。
タンシチューもだけれど私特製のポテトサラダも実は彼の好物だったりする。
だからと言って寡黙で
だが時折垣間見えてしまうのよね。
彼の近くで座しているだろう客がそれらを美味しそうに、多分私の予想だけれどメイナードが好きそうかなぁって思う料理を熱い眼差しからの何時生えたのかわからないけれど、彼の頭と大きな身体に垂れ下がる耳とふさふさの尻尾が……ね。
タンシチューもだけれどこのポテトサラダも然りだったわ。
何気に、そうほんの思い付きで彼のテーブルへとそっと運ばせてみればよ。
つい今し方まで見事に垂れ下がっていた大きな耳は先端の毛の一本までがピンと経っているばかりではなく、大きなふさふさとした尻尾は千切れんばかりに振り切っていた。
ただその本体……表情はほぼほぼ無表情。
喜んでいるのかそれとも普通なのかは最近まで私もはっきりとわからなかったもの。
彼に関しては最初から見えていただろう普通には見えない耳と尻尾の反応で判断していただけに過ぎない……わね。
でもよく観察してみればほんの僅かだけれども、うん微かに表情筋が動くのよね。
好きなものを食べれば頬がほんの1㎜だけ緩むし、嫌いなメロン系のものを出せば一応残さず食べてはくれるけれどもだ。
やはりほんの1㎜だけ表情筋が何とも悲し気に突っ張っていた。
その変化が見たくてこれまで色々と悪いと思いつつ試してはその反応を見て喜んでしまうのが、今の私の密かなる愉しみと化すのにそう時間は掛からなかった。
それにメイナードが美味しそうに食べる姿は見ていて飽きないもの。
彼を見ているだけで料理をしていて良かったなって思えるくらいにはね。
だって国中を渡り歩く流浪の騎士様がよ。
それこそ色々な方面でご当地の食材を使った美味しい料理も沢山食べている筈。
なのにこんな何処にでもある様な王都の街中にある小さな食堂を忘れる事無くほぼ三ヶ月に一度は食事をしに来てくれている。
然もお土産と言う名の珍しい食材付きでね。
こんなに有り難いお客様はいないと思う。
だから――――。
「ロールパンもだけれど今日はブリオッシュも焼いたのよ。それにアンゴラ鶏の生ハムを使ったメロンではなく、カレンシアオレンジとモッツアレラチーズを巻いてみたの。さっぱりとして美味しいと思うわ」
「……た、食べるっ」
ふふ、やっぱり可愛く見えてしまう。
詳しい事は何一つ知らないけれどきっと彼は私よりも年上なのは間違いない。
でもそんな彼が可愛いと見えてしまうのは何とも不思議な気分だわ。
ジュリーならば私よりも年下だからわからなくもないのにね。
そのジュリーよりもメイナードが可愛く見えるなんて……。
「う、美味いっ」
ああ本当にそんなに喜んでいたら何時か尻尾が振り過ぎで千切れてしまっても知らないわよメイナード。
ほのぼのとした、何とも心温まる様なひと時を私は……多分私達は過ごしていた。
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