第8話  妻の事情とご贔屓様

 白百合亭へとアンネと一緒に入ってきたのは何処にでもありふれた茶色の髪にやや仄暗さを、そうまるで湖の水底を思わせる様な深くも蒼い瞳をした、如何にも流浪の騎士だと言う姿で尚且つ精悍な様相の美丈夫。

 

 でも彼は酒場で飲んだくれているだろう脳まで筋肉だけで形成されている様な荒くれ者とは違い、その蒼い瞳には理知の光が宿っている。

 そして彼の話す声は男性らしく低いバリトンを思わせるけれどもその声音の中には何時も相手を気遣う優しさが込められているのを私は知っているわ。


「メイナード!! お久しぶりねもうあれから三ヶ月だからそろそろお店へ来てくれると思っていたわ」

「る、ルディ……」


 久しぶりの友人と再会したからと言って流石にそこは飛びつきはしないわ。

 これでも私はなのですもの……って紙一枚だけな所が何とも言えない。

 でも三ヶ月ぶりに再会した友人を目の当たりにすれば興奮はそう直ぐには抑える事は出来ない。



 そんな彼の名はメイナード。

 職業は彼の見た目通り流浪の騎士様。

 契約によって王国内にある数多の領へ赴けば、与えられた契約期間を騎士として働いているらしい。

 好きな食べ物はエルドラのタンシチュー。

 嫌いなものはメロン。

 そう私の知っている事と言えばそれだけかしら。

 ああそれからメイナードは開店当時より白百合亭の大切なご贔屓様の一人なのよね。


 因みにエルドラと言うのはアッシュベリー領とほんの一部だけれどもその隣にあるミントン領そして隣国である帝国の間へ存在するそれは大きな森があるらしい。

 そしてエルドラはその森に棲む魔獣の一つ。

 四本の大きな牙とこれまた巨大な一本の角に三つの目を持つ性格も凄く凶悪でその身体もかなり大きいとか。

 お肉の塊としてはこれまでに何度もお目見えしたけれど、実物ではまだ見た事はない。


 土地によっては『一角』若しくは『三つ目』とも呼ばれている。

 エルドラを仕留めるのは物凄く大変だけれど、その身体は捨てる部位がないと言われる程に高級食材としても最高なの。

 また大きな角や牙は希少な素材だし、核となる魔石はこの国でもトップクラスらしい。


「る、ルディ……今回もこれを持ってきた」

「え、まさか?」

「う、ああ。る、ルディが珍しい食材が好きだと言うから……。そ、それに今回はエルドラの外にも森で狩った魔獣の肉も入っている。い、一応下処理も済んではいる」

「有り難うメイナード。何時も本当に助かるわ。でも今回こそは御代をちゃんと払わせて下さいね」

「い、いやいい。あ、貴女が喜んで下さるならそれで……」


 それだけを言えばプイっと明後日の方へ視線を逸らしてしまう。

 メイナードと言う男性はその体躯に見合わずとてもシャイらしい。

 おまけに何故か私と言葉を交わす際は吃音どもりっぽくなってしまう事と中々私と視線を合わせようとしてはくれない。


 吃音症きつおんしょうなのかなって思えばそうではなく、他の……エイミーやアンネにジュリー達とは普通に会話をしているのよね。

 ならば一体何故なにゆえ……とまあそこは深くは考えないし追及もしない。

 何故なら考えた所で私達は年に数回会うだけの赤の他人なのですもの。

 それに一応今はまだ人妻ですからね。

 人様より後ろ指を指される様な行いは常日頃より気を付けなくてはいけません。


 とは言え食材を、然も高級食材をこうして持ってきてくれるのはいいけれど何故かその料金を受け取ってはくれない。

 その代わりと言っては何だけれどもだ。


「何時もの様に王都にいる間る、ルディの手、手料理をた、食べさせ……」

「本当にそれだけでいいの? もっと他に願う事はないの?」


 食事をご馳走するくらいは容易いし、元々ここは食堂兼カフェなのだもの。

 昔のジュリーの様に困っている人がいれば無料で食事を食べさせる事もある。

 だから到底メイナードの持ってきてくれただろう食材との対価としては釣り合わない。


「あ、いや、その……」

「なあにメイナード?」


 何か要望するものでも出来たのかしら。

 もし出来たのであれば出来得る限り彼の要望に添いた――――。


「まあまあいいじゃないルディ。何と言ってもメイナードは私じゃなくが食べたくて態々わざわざ遠い所からここまで来てくれているのだしね。ね、メイナードあんたもそうなのでしょ」

「ああ」


 愛情の籠った……って抑々そもそも何時もと何も変わらないのにね。

 でもそうよね、態々こうして来てくれたのだもの。

 お客様をお持て成ししないでどうする私。


「ふふじゃあエイミー、メイナードをお席まで案内して頂戴。タンシチューは明後日になるけれど今日はモーのローストパイ包があるわ。それでいい?」

「あ、ああ、そ、それで……」

「じゃあ少しだけ待っていてね。直ぐに作って来るから……」


 私はそう言って厨房へと戻れば早速料理を始めるのだった。

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