第7話  妻の事情ともう一人の魅惑の美女シェフ?

「よぉ空いているかい?」

「いらしゃい。えーっと奥のカウンター席が空いているわ」


 今日は二日ぶりの白百合亭への出勤。

 あの陰険死神執事のブラッドリーってば何時も私の独立心と向上心の邪魔ばかりしてくるのよね。

 今回も伯爵家の夜会への出席と前日にはマナーのおさらいをさせられれば、家政についての書類整理と称して色々仕事をさせられてしまった。


 まあ一時的とは言え借金を払って貰った以上令夫人としての務めをしなくてはいけない事くらいの理解はしている。

 でもその仕事量は半端なく多い。

 最早鬼畜の域へと達していると思うのは私だけではないと信じたい。

 

 だからそれ以外の日は……ってあらかじめ予定をブラッドリーへ直接、うん大体一週間毎かな。

 彼が押し付けてくるだろう予定以外の日は調と言う理由で、朝から夕方まで一人寝室で臥せっている体をかれこれ三年間貫いている。


 普通に……三年間も同じ理由で体調不良を予定に入れるって可笑しいと思うでしょ。

 まあその点は私自身も否めない所だけれどもよ。

 でもだからと言ってブラッドリーの要求を聞く事によって今の所別に大きな問題は生じていないのも事実なの。

 余計な詮索をしてくる事もなければよ。

 侍女のポーリーンだって訝しそうな態度もなければ、屋敷にいるだろう他の使用人達も何時もと何ら変わりはないもの。


 だからきっとまだバレてはいないのだわ。


 抑々そもそも幾らヘテロだ何だかんだと言われていようともだ。

 ぶっちゃけ辺境候の地位は公爵家とほぼほぼ変わりはない。

 いいえ王国一の武力を誇るアッシュベリー家の方が立場は上なのかもしれない。

 そして私も令夫人としての務めさえ果たしていれば多少の体調不良と言う嘘も目を瞑ってくれると言うか、きっと気づいてもいないのでしょうね。



 因みに私の経営する白百合亭は王都でも人気の高い食堂兼カフェなのである。

 オーナーシェフである私がこうして毎日出勤が出来ない=定休日なのかと問われれば決してそうではない。

 皆様の胃にもお財布にも優しい食堂と致しましてはそんな不定期開業なんて断じて許されませんもの。

 だけど実際に私が毎日出勤するのが不可能なのは紛れもない事実。

 そこで登場するのが彼……いやいや彼女アンネローゼなの。



 アンネローゼは主に私が仕事を終える頃から出勤しディナー時間帯をシェフとして働いている。

 こちらも約三年前かしら。

 突然ふら~っと食堂へ現れたかと思えばよ。


『うん、気に入ったわ。ねぇアタシを雇わない。給金はどうでもいいわ。あたしはこのお店の雰囲気と料理の味が気に入ったの。ね、だからアタシを雇いなさいよ。大丈夫、絶対に損はさせないわ。こう見えてもアタシは帝国でも中々腕のいい料理人なのよ』


 本日のお勧めの食事を食べ終わったかと思えばである。

 突如厨房へ駆け込んできたかと思えばケバイ……コホンコホン、派手な見た目とは違いその何ともなだらかな胸をグイっとこれでもかと前へ張り出せば、そうして自信満々にそうのたまったのである。


 今更ながらだけれどもあれは随分な態度だと思う。

 でも彼……彼女は自分で言う通りかなり腕のいい料理人である事は間違いない。

 然も私が思い描く方向性ともよく似ていた。

 だから雇ったのはいいけれど、時折連絡もなくフラ~っといなくなれば我が国では中々手に入らないだろう珍しいスパイスや見た事のない食材を沢山仕入れて戻って来るの。


 三年も経つけれど未だに色々と謎の多き美女ならぬイケメン。

 薄い唇に赤なルージュと金色に波打つ髪が何とも艶めかしい。

 うん、私にはない色香と言うものをしっかり纏っているのがアンネローゼと言う人物なのだ。

 

 そして不定期出勤のアンネローゼだけではお店がやってはいけない。

 でもその点は大丈夫よ。

 元々サブシェフとしてドーラがいるもの。

 明るい茶色ライトブラウンの髪に爽やかなオレンジ色の瞳をした少し内気だけれども心優しい娘なの。

 リリーホワイト家で代々家令として仕えてくれているテレンスの娘なのよね。


 乳姉妹のエイミーとドーラの三人は年齢も近く子供の頃からの大切な親友でもあるわ。

 そうこの白百合亭を始めたのも私達三人が始まりなのですもの。



「今日はアンネさんくるのでしょうか」

「うーんここ一週間もの間出勤をしていないとすればもうそろそろ……かな」


 噂の主であるアンネは一週間程お休み中。

 そしてその連絡は――――ない。

 何時も急なのだもの。

 でもそれも全て承知した上で雇用したのだから文句は言わない。

 だからディナー時間でドーラが困らない様にお昼間に出来る事はなるべくしてから帰るのだけれど。


 それに開店当初とは違いドーラの人見知りも大分改善されている。

 流石に新規のお客さんにはまだまだ厨房から出てくる事は出来ないけれどもだ。

 常連さんともなれば顔を出して挨拶をする事は出来ているのだからそれで善しとしなければいけないと思っていたところへ――――。


「はぁいお久しぶりね、あたしの可愛い兎ちゃん達」

「「「アンネ(さん)っっ⁉」」」


 久しぶりに出勤したアンナは何時もの様に大きな荷物と一緒にもう一つ大きな……荷物?

 いやいやお客さんとのをしたので――――ってここは健全な食堂兼カフェなのだからね!!




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