第6話

「御機嫌ようアッシュベリー辺境候夫人」

「御機嫌よう、本日はお招き有難う御座いますケインズ伯爵夫人」


 先ずは主催者への挨拶を済ませば情報収集……う゛う゛何て面倒臭いのだろう。

 私は自身の表情筋を叱咤激励しつつ今夜のエスコートをしてくれた従弟より離れ、顔見知りの夫人達へと挨拶に回っていく。

 

 それが終えれば本日の目的であるお料理を堪能し……ってこれはあくまでも我が白百合亭の新メニュー開発の為のものなの。

 別にお腹が減ってがっついている訳ではないのよ。

 そう私の中で轟々と燃え上がる向上心故のものなのだから!!


 ご、誤解をしないで下さいませね。



 最初にプチトマトのファルシーって如何にも立食で食べ易いものね。

 アンゴラ鶏の生ハムとフォアグラのカナッペは少し塩辛い。

 カプレーゼに定番の数種類のキッシュとカルパッチョは無難よね。

 アスパラガスの冷静スープは飲み易い様に小さなカップに注がれているしお味もまずまずかしら。

 メインのモーのローストは定番中の定番だし、スイーツもプチケーキが数種とフルーツかぁ。


 ああ今夜はだわ。

 折角美食家だと名高いケインズ伯爵家だからと思って期待していたのになぁ。

 

「コホン。失礼麗しのエスメラルダ姫とお見受け致します。どうか私と一曲お相手をして頂けませんでしょうか」

「はぁ」


 出たよ。

 何が麗しの姫だって。

 抑々そもそも私はお姫様ではないし独身時代にそんな扱いをされた記憶なんてないわ。

 でも私が一瞬だけ返事を逡巡……と言う訳でもないのだけれどほんの少しだけ間誤付いていればである。


「失礼。先程より私の方こそ姫を熱い想いを抱き見つめていたのですよ。どうかエスメラルダ様、この私の手の方をお取り下さい」


 いやいやこっちもだけれどそっちの手も取りたくはないから。

 それに私は一応肩書は人妻だし、エスコートをしてくれている従弟もいる訳で……。


 なのにどれも自分勝手な男達は私の気持ちなんてお構いなしだ。

 そして我こそはと自分勝手な三人目が現れた所で――――。


「――――一人にさせてごめんねルディ」

「アリスター」

「そう言う訳で従姉姫と一緒に失礼しますね皆さん。ちゃんと無事に屋敷へ連れ帰らないと夫君のアッシュベリー辺境候に怒られるもので……」


 いやいや旦那様は私の事なんて100%放置ですから。

 でもここは無難に脱出する為にもお口にチャックと笑顔だわ。


「申し訳御座いません。そう言う事ですので皆様御機嫌よう」

「さあアッシュベリー邸迄お送り致しましょうか従姉姫殿」

「クスクスご厚意感謝しますわ私の従弟殿」


 そうして私達は爽やかにそのまま静かに退場したのである。



「――――だけどルディが結婚をしたと言うのも吃驚だったけれどもね。それよりも驚いたのは周囲の貴族達だね。三年前までは零落れてしまえば純血もなかろう……何て事を平気で口にしていたと言うのにさ」

「そんなものよ貴族なんて。ううん結局は貴族も平民も同じ人間。だから根本的な所は何も変わりはしない」

「曽祖父様の頃までは何だかんだとクリントン王家よりもリリーホワイト家へ擦り寄る貴族も多かったと言うのにね」

「あはは、曽お祖父様迄のリリーホワイト家は本当に裕福だったものね。そして曽お祖父様ご自身が王家の御意見番でもあられたから……でもそれはもう過去の栄光よ。何時までもそんなものに縋った所で1ダールも稼ぐ事は出来ないでしょ」

「それもそうかも……」


 私達は返りの馬車の中で楽しい時間を過ごしていた。

 でもアリスターの言う通り私が旦那様の許へ嫁いだ事により、いえ正確には純血を重視する貴族達は私がまだ正式なアッシュベリー辺境候夫人ではない事を知っている。

 そして今ならばまだ私の血は穢れないのだと勝手に思い込めばよ。

 明らかに私自身ではなくあからさまな求婚めいた事をぶっこんでくるのよね。


 ほんと、迷惑ったらないわよ。

 これもそれもぜーんぶ旦那様がお迎えに来られないから私は何時まで経っても宙ぶらりんのままなのだわっっ。


 そして今まであれば怒りのお手紙を旦那様へ差し上げたでしょうけれどもよ。



「……ねぇルディ、本当に本気なの?」

「ん、何が?」

「白い結婚を理由に離縁をって話だよ」


 心配そうに尋ねてくれるところがアリスターの可愛い所よね。

 でもそんな子犬の様なアリスターを前に私はポンと自身の胸を軽く叩き――――。


「勿論。だって三年も我慢したのですもの。そしてこれ以上はもう無理だし限界。すっきりきっぱりと離婚して借金を返しつつ私は夢に向かって生きるのよ」

「はあ、ルディは昔っからこうと決めれば絶対に譲らないものね。だけど僕は何だか嫌な予感がするのだけれど……」

「ああもう人が折角気分良くしていると言うのに水を差さないでねアリスター」


 まさかこの時の彼の予感が本当に的中する何て私は思いもしなかったのよね。

 だって私の未来はほら、こんなにもキラキラと光り輝いて見えるのはもしかしなくても私だけ……なのかしら。



  

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