第4話

 艶やかな漆黒の髪を綺麗に、それはもう髪の毛一本すらもきっちりと撫でつけられた髪にほんの少しだけ雰囲気を柔らかにするだろう菫色の瞳……いやいやいやいやより一層妖艶さと凡そ人外しか纏わないだろう言い様のない妖しさが満載です。

 それが彼の右目に装着されたアンティック調の片眼鏡モノクルにより一層彼自身を引き立たせている。

 

 色々と!!


 何故か温度を全く感じさせない綺麗過ぎる容姿も恐怖しかないし、その所作一つ一つに一部の隙もなければ全く無駄がなくこれまた美しい。

 ああきっとこういう人がなのだだろうと思えてしまう。

 何故ならその怖過ぎる美しさで一瞬我を忘れている間に、きっと対象者の命を刈り取ってしまうのだろう。


「……またよからぬ妄想に耽っておいでなのですね奥方様」


 その死神様が口を開いたかと思えば喰われる〰〰〰〰ではなくっ、私へ心底呆れ返った視線と言葉を向けてくるのがこのアッシュベリー辺境侯爵邸に仕える有能執事。


 ブラッドリー・ヨーク。


 絶対に平民には思えない。

 そしてただの人間にも見えない。

 わかる事はこいつの傍で一瞬でも気を抜けば最後、私の命はあっと言う間に刈り取られてしまうだろうって事!!


 そして仕事に対しては嫌味なくらいシビアなのだけれど、私だってこの執事へ対抗する術をちゃんと把握している。

 だからまだ私はやられない――――って言うか、私は立場上ブラッドリーの仕える主の奥様の筈。

 

 そう……ただし紙切れだけの。


 この三年もの間一度として顔を合わせた事のない旦那様をよくぞ怒りもせずに待ち続けたものよね。

 ほんと私って色々と辛抱強い。

 これも若い間から苦労に苦労を重ね続けた結果なのかしら。

 でもそれもこれもあと数日。

 丸三年と、念の為に一日余分に過ごした後は教会へまっしぐらよ!!


 そして見事白い結婚を成立させて花の独身へ戻ってみせるわっっ。



「――――奥方様」

「な、なあにブラッドリー、昨夜あなたから受け取った書類はもうしたためてあるわよ」

「いえ、書類は既に今朝早くポーリーンより受け取っております」

「じゃあ何か書類に不備でもあったのかしら」


 死神さんとは余りお話したくはないのですけれど。


「頂いた書類に不備もなければ仕事ではありません。本日旦那様よりのお手紙とプレゼントが届いております」


 そう言って封蝋の押された手紙を渡される。


「あ、ありがと」


 身構えていた分少し拍子抜けしちゃったわ。



 毎月に一度こうして旦那様より手紙が定期的に届く。

 でもその内容は決して甘いものではない。

 そうはっきり言って近況報告。

 然も箇条書き……って軍隊あぁそれともこれは騎士団風なのかしら。

 最初こそはそのお堅い内容に吃驚はしたものの、丁寧に綴られている文字からも見て取れる様に素直で朴訥な御方なのだと理解もしたわ。


 食後のお茶を飲みながら旦那様の手紙を読めばやはり最近の出来事ばかり。

 そうね、お仕事が真面目なのはいい事よ。

 でもこの三年もの間一度でも妻である私とのこれからについてとか、何かこう明るい未来を予感させる内容は生憎ながら一行たりとも綴られてはいない。


 それがねぇ何とも苛立ちと切ない想いを抱かせてしまうのよ。


 貴族の令夫人らしくでんと胸を張り表面だけを取り繕えばいいだけなのかもしれない。

 それに旦那元気で留守がいいって言うじゃない。

 辺境候としての仕事も真面目にこなしているみたいだし、抑々そもそも私達は政略結婚と言うか私の先々代がやらかした借金と今回の豪雨災害で追加された借金を一括で支払ってくれたのは誰であろう旦那様なのだ。

 えーっと直接借金返済をしたのはブラッドリーだけれどね。


『我が主の花嫁としてエスメラルダ様に王国の盾であるアッシュベリーへ嫁いで頂きたいのです』


 まさかの結婚の申し込みまでがブラッドリーだとは思わなかったわよね。

 そしてその対価として私は旦那様の許へと嫁げば子を生すのが努め……の筈が出来ていないと言うか、神様じゃあないのだから子を生すなんて私一人で出来はしないでしょ!!


 大体子供が生まれるにはお父様とお母様が絶対に必要なのですからね。


 そしてこの三年私は条件に記されている努めが出来ていない役立たずの妻――――なのです。


 またこの事に関して屋敷の者達は何も言いません。

 でも時折感じ取ってしまうのですよ。


 子を生す事の出来ないだけでなく未だに夫となる旦那さまからの迎えすらない可哀想な奥方様。


 その憐れみを含んだ何ともたとえ様のない視線。

 流石に死神執事のブラッドリーが目を光らせているので虐められる事はありません。

 いやっ、あの死神ブラッドリーが私を追い詰めるのです。


 



 未婚の頃は借金返済で忙しく、いや抑々我がリリーホワイト家にその様にお茶会等へ参加をするドレスや装身具を仕立てる余剰金がある訳はなく、第一そのお金があるのであれば速攻借金返済へ回しているし!!


 正式な嫁である様でない様な微妙な立場の私へ、あの死神ブラッドリーは事ある毎に社交界への参加を促……ほぼほぼ強制参加よね。

 その結果食堂で働く時間は制限されるわ、借金返済分が思い通りに貯められないと言う私の精神はガリゴリと音を立てて削られている。


 また社交と言っても皆結局旦那様の事を知りたいのよね。

 

 ヘテロとか穢れた者よと言いつつも旦那様と彼の率いる騎士団の強さは半端ないのは事実だわ。

 またその姿を一切表舞台から見せない事も有閑マダムだけでなく紳士達も興味津々。

 嫁の私から何とか情報を仕入れたいと思うけれどもお生憎様。


 だって妻である私自身が旦那様の事について何一つ知らないのですものね。

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