第2話
私の住むアーモンド王国は常春の国。
物資も豊かで普通に平和な国。
だがそれはただ単に表向きなものである。
気候に恵まれ物資も豊かだけでなく豊穣の女神に愛されし国ともなれば、物資に乏しくはなくとも力ある国にしてみれば手に入れて損のない国なのかもしれない。
多分そこにウィンウィンの関係なんて相手は望んではいないのだろう。
実際二方を海に囲まれ、残るは高い山脈を有し北端に位置するアッシュベリー領は隣国であり軍事国家として名を馳せるギラン帝国より何度も侵攻されれば、その度にしっかりと返り討ちにしていると言う我が国一番の堅牢な盾とされる地でもある。
負け知らずのアッシュベリー。
狂犬若しくは
戦知らずの王都民は皆……それはきっと三年前までの私をも含んではいた。
平和ボケを満喫し過ぎている私達は戦う事を知らない。
だからこそ彼らへ感謝をする事も……とは言え口先ではちゃんと感謝を述べてはいる。
そうただし口先だけ……ね。
その心の中では戦う事しか出来ない恐ろしい容姿を持つ魔人や獣人なのかもしれないとまで言う者もいる。
そんな彼らはこの平和で穏やかな王都へ来る事はない。
だからこそ王都民だけでなくアッシュベリー領以外の人間達は見た事のない相手を思い思いに空想すればである。
きっと人々の前にも姿を現す事の出来ないくらい醜い者達なのであろう。
人ならざる者。
人以下ならばその命を賭して我らへ尽くすがいい。
大半とまでは言わない。
でも確実にそう思っている者達は存在する。
三年前まで私自身も余り深くは考えもしなかった。
でも現実は確かに彼らの尊い働きがあるからこそ私達は平和に暮らしていけるのだ。
そんな彼らを私は馬鹿にしたり卑下する事はないけれどもただそれだけ。
何故なら私は彼らとは遠く離れた場所で平和……まあ違う意味では平和でもないけれどもね。
それでも何とか戦わずに暮らして行く事が出来ている。
まあある意味違う形で私は闘っていたのだけれど……。
でもきっとそれらば私の生涯に関わる事なく過ぎ行くものだと信じて疑わなかったと言うのにだ。
「よいしょ……っと」
何故か私は大き過ぎる屋敷へ到着すればである。
堂々とエントランスからではなく周囲を見回し誰もいない事を確認すれば腕を捲り慣れた手つきで塀を
コンコンコンコン
ばたん。
どさっ。
ぐしゃ。
「あ、いてて。あ、あら何かしら?」
「奥方様、そろそろお支度の時刻に御座いますれば……」
「あ、ああそうね。先程迄気分が悪くて臥せっていたのよ」
私の顔と言わず全身より噴き出る汗……これはもう流石に隠しようがないからと言って正直につい今し方塀を攀じ登れば木々を跨いできたのよ……何て素直に言える筈もなければだ。
多分これは私の私見だけれどもそう告げた日にはきっとあの木々達は瞬殺=伐採されてしまうだろう。
折角ここまで大きくなったのだ。
そんな些末な理由で伐採される木々が可哀想……って問題はそこじゃあない?
でもだからと言って今までの生き方を変える心算はないものね。
そんな事をつらつら考えつつ私は侍女のポーリーンに晩餐前の身支度を整えて貰っている。
冷たいレモネードを飲みながら……ね。
だがこれもはっきり言って面倒臭い事この上なし。
第一結婚するまではここまで堅苦しい生活をしてはこなかったのですもの。
そりゃあ貴族令嬢として最低限の教育や所作は叩き込まれはしたけれどもよ。
はっきり言って私の実家はそこまで裕福ではない。
いやいや裕福どころか極貧だって。
その日暮らしであっぷあぷしていた筈だったのよね。
それに王都の食堂経営も元はと言えば借金返済をする為のものだったし、まあ予想以上に繁盛しているから助かってはいるし何より楽しい。
それに遣り甲斐も大いに感じては――――いる。
でも今は?
そう今の私は普通に既婚者。
断じて未婚の貴族令嬢ではない。
しかしぶっちゃけ夫である旦那様といちゃらぶな事はおろかその御尊顔さえ私は全く知らない。
そんな私は三年前とある理由で婚姻誓約者へサインをした。
結婚前の私の名はエスメラルダ・マデリーン・リリーホワイト。
由緒正しいリリーホワイト子爵家の令嬢。
でも今の私の名前は――――。
エスメラルダ・マデリーン・カークランド。
そう巷で狂犬や氷槍の騎士団が、もはや人間扱いさえもしては貰えない我がアーモンド王国の堅牢なる盾として恐れられている現当主の妻。
セオドリック・メレディス・カークランド。
アッシュベリー辺境侯爵夫人が今の私なのである。
そして現在進行形で白い結婚を
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