第一章  とある夫婦の事情

第1話

「いらっしゃーい。今日のお勧めはアンゴラ鶏のマカロニグラタンと深海に棲む魔魚まぎょファルパージの特製アクアパッツァだよ!!」

「お、じゃあ俺はアクアパッツァの定食にしてくれよ。勿論大盛りでな」

「じゃあアタシはマカロニグラタン。ルディのベシャメルソースはほんとに滑らかで何時も美味しいんだもん」

「えへへ、何時もご贔屓に。じゃあ空いている席へ座って待っていて」


 私はこの白百合亭のオーナーシェフのルディ。

 食道のお昼時は何と言っても忙しい。

 猫ならぬ魔獣でもいいから助けて欲しいくらいにね。

 

 そして彼らは私の大切なお客様。

 大工のザックとお針子のアイダ夫婦。

 この食堂が誕生した頃からの常連さん。

 私は入り口でオーダーを受け取れば、休憩時間の少ない労働者の為にも手早くそして安くて美味しい料理を提供するのを信条としている。

 


「エイミー、これをザック達のテーブルへ運んで頂戴。それからこればアイダへのお祝いだと伝えて」


 ポンとトレイの上に盛られているだろう所狭しと並ぶ料理達の隙間へ置いたのは、少しの振動だけでもふるふると小さく震えているプリン。


「ルディこ、これはルディのおやつじゃあ……」


 そうこれは私が作るスイーツの中でも絶大なる人気を誇り且つ黒板で書かれたメニューに載せられた際には瞬く間に完売御礼となってしまう。

 巷では有難い事に何やら幻とまで言われている私のプリン。


 一般的な作り方としてモーから搾乳されたモー乳でプリンは作られる。

 でも私の作るプリンはモー乳よりも更に濃い生クリームとアンゴラ鶏の産み立て卵で作るのだ。

 然も火加減にコツがあり、一口含めば濃厚且つとろりとした触感が病みつき必須となる一品。

 

 材料は安価で定期的に入るものなのだけれどもよ。

 これを何時作るかは私の気分次第。


 何故ならこれは私の持論ね。

 料理を食べると言う事は人を幸せな気持ちへもたらしてくれる大切なるもの。


 幾ら人気があるとは言え毎日それを提供すれば幸せな気持ち何て何時の日か半減してしまうでしょ。

 だからプリンだけではなく私の作るものは何時だって私の気分次第。


 因みに前回このプリンがメニューに載ったのは三ヶ月前だったかしら。

 そして昨日から仕込み一晩冷蔵庫で休ませ本日開店同時に提供を始めたのだけれどもよ。

 王都にいるプリンマニアによってお昼を過ぎた今はもう完売済み。

 今お店にあるプリンは休憩時に食べるだろうスタッフの為のもの。

 またスタッフのものを勝手にどうこうする何て無粋な真似を私は絶対にしない。


「いいの。これはアイダのお腹の赤ちゃんの分なんだから。さ、早く冷めない間にお料理を運んで頂戴な」

「はいルディ」


 エイミーはこの白百合亭自慢の看板ウェイトレス。

 亜麻色の髪にオレンジ色の瞳をした可愛い乙女なの。

 開店当時からこの白百合亭で一緒に頑張ってきた大切な仲間の一人。

 そうしてエイミーより手渡されたであろうプリンを目にしたアイダは――――。


「嘘嘘マジ!? ヤダもう信じられないっ、ありがとルディ」


 大喜びし過ぎて夫であるザックが『胎の子が吃驚するだろうがっっ』とはしゃぐ愛妻アイダを嗜めるほのぼのとした幸せオーラを今日もこの白百合亭を包んでくれている。



「じゃあ後は宜しくね」

「はい、お任せ下さいルディ」


 15時を過ぎれば私の仕事は終了する。

 本音を言えば以前の様に閉店まで働きたい。

 だが現在はそれが出来ないのである。

 私は頭をすっぽりと覆う普通よりもやや大きいサイズの三角巾を取り去れば、鏡の前に映し出されたのは背中まである白金プラチナブロンドを両サイドへ編んでいるだろうおさげ姿。


 然も日に当たればこの髪はローズピンクへと変化しキラキラ光る白金と交じり合う。

 この国でも滅多になく現在この色の髪を有するのは私を含めて二人のみ。


 そして何時の世も珍しい色はある者にとって時によからぬ欲望を抱かせる。

 だから私はつばの大きな、でも少し野暮ったいのが難点。

 しかし安全を勝ち得る為には致し方のない事なのだ。


 そんな私の瞳はくりくりとした何処にでもある栗色の瞳。

 容姿はそこまで美しくない事は私自身がしっかり理解しているわ。

 

「また明日ね。それから夕方のメニューのモーのシチューは出来ているから……」

「はい、後はお任せを。ですが毎回諄くどいようですが店の誰かを護衛につけられては……」


 心配するエイミーに私はは盛大な溜息を吐く。


「屋敷へ帰るまでが私に許された自由時間なの。大丈夫よこれまで何もなかったのですもの。だからこれからも、そうもう少しすればきっと私は今以上に自由になれるのだからね」


 今は限られた時間だけを精一杯謳歌する。


 そう言い終えれば私は颯爽と王都の街の中へ歩き出す。


「……じゃ、行ってくるぜエイミー」

「うん頼んだわよジュリー。絶対にルディ様に気取られちゃだめだからね!!」

「わかってるってよ。俺はこれでも元スリだからな」

「ははは、そう……ね。その元スリが今ではしっかりボディーガードをしているって言うんだからほんと世の中わかんないわぁ」


 ルディの後を追うジュリーの姿を見送りつつエイミーもまた大きな溜息を吐いた事を私は知らない。



 

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