「尊い」が見つかったよ
てこ/ひかり
尊いを探せ!
「『尊い』で済むなら警察は要らないんだよ!」
烈火の如く怒り狂う、全身防護服を身にまとった歩行者に、素っ裸の運転手が食ってかかる。
「何を!」
二人はたちまち取っ組み合いの喧嘩を始めた。
騒ぎを聞きつけ、周りに野次馬どもが集まって来る。見慣れた光景だった。こんなことが、日常茶飯事で起こっている。
『尊い』派と、『そうでもない』派の争い。
戦いは今に始まったことではない。
近代化が進めば進むほど、皮肉なことに、人々は自然的・野生的なものに憧れを抱き始めた。
キャンプ、山登り、釣り、サバイバルゲーム……。
外の世界は相変わらず、未知のウイルスや異常気象が我が物顔で飛び交う危険地帯だったが、インドアを強要されればされるほど、人々のアウトドアへの渇望もまた高まっていったのである。
危険も顧みず外に飛び出し、人々は乾いた心を潤す水……暗闇を照らす光……震える体を暖める灯火……などを探し求めた。物質、あるいは行動、概念としてのそれらは
『尊い』
と呼ばれ、シェルターで暮らす人々の間で崇め奉られ、時に高額で取引されていた。
「『尊い』は何処だ!?」
「もっと私に『尊い』をちょうだい!」
「『尊い』を探せ!」
そんな声が、街のあちこちから聞こえた。
そして『エクストリーム・尊い』が競技化して十年。
より激しく、純度の高い『尊い』を見つけようと、人々はハンマーで街を破壊し始めた。色とりどりのネオンサインを叩き割り、ベルトコンベアー道路を封鎖し、『機械狩り』が始まった。彼ら曰く、機械的なものは人類の敵だと言うのである。
同時に『インターネット世界新政府』内では、『
そんな中、やはり起こるべくして、『第一次ネット世界大戦』は起きてしまったのである。
主流派の『E・尊い』派は、自然的なものを崇拝していた。
防護服を脱ぎ捨て、放射能に汚染された区域を素肌で歩くことを、彼らは『誇り』と呼んでいた。誰が一番危険なことが出来るか、が彼らの価値判断であり、アイデンティティであった。派手な車を乗り回し……車は機械ではないのか? と言う疑問は、都合よく無視された……命がけのチキンレースに毎晩勤しんだ。
「『尊い』は俺たちのもんだ!」
「『尊い』を探せ!」
彼らは自然的なもの……火であったり、水であったり……を武器に、反対派を攻撃し始めた。シェルターに火炎瓶を投げ込み、ホースによる水攻めや、抱擁攻撃(放射能に汚染された者が、『尊い!』と叫びながら抱擁してくる攻撃)を得意とした。瓶やホースは工場で機械によって作られているのではないか? と言う声は、都合よく無視された。
一方の反対派も、黙ってやられる訳には行かなかった。『他人に尊いを強要するな』が彼らの合言葉だった。そして放射能や未知のウイルスを極端に恐れ、忌み嫌い、シェルターから排除しようと躍起になった。彼らにとって、物心ついた時から自分たちの生活を脅かす『自然』とは、ただただ災害を引き起こすだけの敵だったのである。
「これ以上、『尊い』を野放しにするな!」
「『尊い』を探せ!」
だから彼らは科学を信奉した。科学は万能である、と。火の扱いや飲み水を禁止し、合成化学物質で、科学技術で生活の全てが賄えると信じていた。そして車が事故を起こせば車を禁止し、ハサミが人を傷つければハサミを禁止した。彼らは主に機械や電気……電気は何故か、自然の要素とはみなされなかった。おそらく電化製品の影響であろう……を武器に、『E・尊い』派を迎撃した。
そしてある日、『E・尊い』派がとうとう反対派を一掃する超自然兵器『
一方同じ頃、『そうでもない』派もそれに対抗する武器を発明した。武器は初め動力源を化学物質に頼っていたが、のちに石油や石炭、自然エネルギーの方が効率的だと分かり、それから武器は急速に進化を遂げた。
ここまで来れば、もはや衝突は避けられそうになかった。
「『尊い』を探せ!」
「『尊い』を探せ!」
ある者は『自然回帰』を叫び、またある者は『技術繁栄』を叫んだ。お互い自分たちが正しいと信じていた。あるいは、向こうの言い分も確かに一理あるが、秤にかければこちらの方に分があり、戦いもやむなし、と。そうして二つの派閥が、とうとうぶつかり合
(※発見された文章はここで終わっている。当時の宇宙史をデータベースを調べたところ、どうやら兵器同士の衝突で、星ごと消滅したようである。合掌。失われた数多くの尊い命に、哀悼の誠を捧げます)
「尊い」が見つかったよ てこ/ひかり @light317
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