幸せ通り
綿麻きぬ
小さいものと大きいもの
そろそろ買わなければいけない。だって飢えてしまうから。
そう思って僕はそれが売っている通りに出た。所謂、幸せ通りと呼ばれる場所である。見た目はなんというか中世ヨーロッパを感じさせる雰囲気だ。そして道路の端には様々な少年少女が立っている。笑顔が眩しく身なりが汚い少年やひきつった笑顔を浮かべている上流階級の少女、虫かごを持った少年、何も持っていなさそうな少女などの様々な子どもがいる。
そしてその子どもたちにいい年をした大人が群がっている。いい年をした大人だからこそ群がっていると言ってもいいのかもしれない。その人たちの手には札束が握りしめられている。その大量の札束で自分たちにないものを買い取っている。
僕は彼らのことを醜いと思いながら、醜い彼らと同じことをする。僕も札束を握りしめ、麻薬のような中毒性のあるものを子どもから買い取っていく。いや、奪い取っていくと言う方が正しいだろう。
最初は小さいもので良かった。小さいそれは確かに自分を満たしてくれていた。小さくても自分を満たしてくれるのだからコスパも良い。しかし、それだけではいつしか満たされなくなってきたのだ。それらはコスパが良いので多く集める。しかし小さいので段々効かなくなり、指の隙間から零れ落ちていく。
それに気づいてしまった僕はある時から小さいものではなく大きいものを求めていった。小さいものには見向きもせずにひたすらに大きなものを求めていった。零れ落ちた小さいものが分からなくなっちゃうぐらい大きなものを。
そんな僕はふと目に映った少女に声をかけた。彼女は笑顔が素敵だった。目に映る全てがキラキラしている、そんな表情をしていた。そのことは僕には眩しく、もう一度感じてみたいものだった。
だからだろうか、僕は彼女が持っている一番大きなものを買い取ることを提案した。そしたら彼女は何て言っただろう。
「私は売っていないのです。ただ、私に声をかけてくる人に他人ではなく自分を見てって伝えるだけなのです」
僕は彼女がなんでここにいるのか理解できなかった。売るためにここに彼女はいるはずだ、そして僕は買うためにここにいる。考えれば考えるほど僕は混乱していった。それに追い打ちをかけるように彼女は口を開いた。
「自分で自分に渡せないのですか。買う必要があるのですか。他人と共有できないのですか」
それはいつしか僕ら大人が出来なくなったことだった。出来なくなったからこそお金で動かしているものだ。それを僕らは分かっている、分かっているけどもう後には引けない。そんな僕に彼女はまだ伝える。
「私たちからお金で買い取って、あなたたちには何が残るのですか。私たちには何が残るのですか」
そんなの僕らも分かっている。分かっているが、僕らもそうやって育ってきた。そしてそうやって生きていく以外の手段が分からない。だから僕らはこの無限ループに嵌っている。それを自覚だってしているが、見てない振りをする。
その現実を直視させられた僕は 「ごめんな」と伝えてその場を去った。そして言われたことをゆっくりゆっくり咀嚼して飲み込む。
そして僕は少年に声をかけた。彼はみすぼらしく笑顔は消えているが、目には少しの光が見えた。そして手には一冊の本を持っていた。
僕は彼にそれを上手く渡せるかは分からなかったが、彼に本の読み方を教えた。本来ならば、彼から買うのが普通だ。だが、僕は彼に渡したかった。
過去の僕がされたように「幸せ」というものを伝えたかった。
幸せ通り 綿麻きぬ @wataasa_kinu
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