第三話、ダンディな彼

 彼女は、泣いていた。


 どうしたの? と声をかけるのも憚れるほどに、悲しんでいた。


 ドアホンを押して、玄関を開けた僕の目の前で動かず、立ち尽くして泣きはらす。


 僕は、そっと彼女の肩に手をおいて、一緒になって立ち尽くす。


 なにが在ったのかは分からない。ウソつきでも明るい彼女が泣いている。のっぴきならない事情があるのだろう。ここで、それを聞いてもいい。いいけど、その時は、なぜか、一緒に泣く事がベストだと思った。もちろん意味もなく泣けない。


 泣けないけど、彼女の涙を、ずっと見ていると自然と泣きたくなってくるもんだ。


 徐々にだけど気持ちが高ぶってきて。


 理由も分からないのに、なぜだか分からないけども僕も泣いた。


 ひとしきり泣いて、ぐちゃぐちゃになった、お互いの顔を見つめ合って笑い出す。


「酷い顔だね、君の顔」


「そっちこそ酷いよ?」


 などと有り体なやり取りを交わして。


 僕は彼女を部屋にあげて湯煎で温めたホットミルクを振る舞う。


「うん。……美味しい」


 と、彼女は二言だけ。


 その後、沈黙が続いて、でも、なにも言っちゃいけない気がして僕も黙っていた。


 静かな時が流れる。まるで、僕と君だけが、この世界に取り残されたような、そんな気持ちにさえなる。ただ同時に、僕と君だけが、この世界に在る存在ならば、それはそれで嬉しいと思った。時計が時を刻む音だけが、充満する。満ちる。


 と……。


 ホットミルクが入った透明のコップを握りしめ彼女が口を開く。


「フラれちゃったの、あたし。アハハ」


 と乾いた笑いと共にする衝撃の告白。


 これはウソかとも思ったけど彼女の真剣な顔を見ていると……。


「そっか」


 と……。


 そんな言葉しか見つけられない、僕。


 自分で思う。間が抜けた答えだって。


 こんな時、気の利いたやつならば、他にも良いやつがいるだとか、次いこう、次、なんて言うんだろうけど、僕は彼女が好きなわけで。でも、ここで僕がいるなんて言えなくて。やっぱり間の抜けた答えしか出せないんだろう。苦笑いも出る。


 思わず後ろ頭を乱暴にかいてしまう。


「ずっと好きだったんだけどさ。気持ちを伝えたら困った顔されちゃって。ハッキリとは断られなかったけど、困った顔されるって、そういう事でしょ? ねぇ?」


 うん。そうだろうね。僕もそう思う。


 という心を隠した。じっと我慢した。


 彼女の悲痛な顔を見ていると、そうだろうねなんて言えなくて。


 代わりに、変な事を口走ってしまう。


「それって、この前、見せてもらったイラストのモデル? ……あのダンディな彼」


 あの尊いイラストの。

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