第8話 夜雀

高知県のある村。


 一人の若者がバイクを走らせていた。


「やべぇ、すっかり遅くなってしまったぜ」


 若者は暗い夜道をバイクで下っていく。


「しっかりこの辺りは本当に真っ暗だよなあ」


 普段は都会の煌びやかな夜の世界で生きる彼にとってド田舎と言っていい故郷のことが好きではなかった。そんなことを思い返しながら彼がバイクを走らせていると、


「チィ」


 不思議な音が聞こえた。


「なんだ」


「チィ」


 また、聞こえた。若者は思わずバイクを止めてしまう。


「チィ、チィ、チィ」


 暗い夜道の中、謎の鳴き声が木霊していく。


「チィ、チィ、チィ」


 声に合わせるように木々が揺れる。


「な、なんだよ」


 若者は言いようのない恐怖が襲う。


「チィ、チィ、チィ」


 声が近づいてくる。


「チィ、チィ、チィ」


 その声は後ろから聞こえた。


「後ろにいるのか」


 彼は振り向いた。


 そこには、大きな翼を広げた何かがいた。


「チィ」


 鳴き声と共に悲鳴が夜の暗闇に轟いた。

















 高知新聞と書かれた新聞に、『恐怖、森の中での連続惨殺事件』という見出しが書かれていた。


 高知県のある村々の近くで、多くの尋常ならざる姿の惨殺死体が見つかるというのである。ある時は木の枝に貫かれている死体や、木のてっぺんに載せられて首が斬り落とされている死体など、数えきれないおぞましい事件が連続で起こっているのである。


 警察はもちろんのこと捜査に乗り出した。そんな中、警察官の一人が同じような死体になって発見されたことで、警察は威信にかけて捜査に乗り出したが、未だに結果を出せていないそうだ。


「さあ行きますわよ」


 そう言ったのは黄金の髪と喪服のような黒いドレスを纏っている絶世の美女・クリスティーナ・フォン・ブラックローズ。黒薔薇博物館の学芸員である。


「何処に行くのですか?」


 大きな帽子を被っているこちらも絶世というべき美女がそう問いかける。


「高知県ですわ」


 クリスティーナは高知新聞と書かれた新聞を見せる。


「高知……四国の一つ」


「そうですわ。実に面白そうな事件だと思いませんこと?」


 そう言われて彼女は新聞の内容を見る。


「『行かない方がいい』」


「あら、それならなおさら行かねばなりませんわね」


 彼女の言葉にクリスティーナは言う。


「中国の言葉にこのようなものがありますわ。「虎穴に入らずんば虎子を得ず」と、この博物館に飾るに相応しいものが見つかるかもしれませんのに、行かないわけにはいきませんわ。さあ行きますわよ、マーガレット」


 マーガレットと言われた少女はため息をつく。


(危険と言っても突っ込んでいく。よくわからない)


 しかしながら自分の主人というべき彼女の意思に逆らうつもりは無い。


「今回の事件の犯人は既に予想できていますの」


「そうなんですか?」


「ええ、高知の田舎町、夜。そして新聞に寄ると、現場には『チィ』という鳴き声が聞こえたと書かれています。そのことから今回の事件の犯人は夜雀ですわ」


「夜雀ですか……」


 夜雀は雀のような鳴き声をあげながら高知を中心として夜に現れる妖怪で、山道を歩いている人の前後について来て様々な出来事を起こすという。夜の守り神とする説もあるらしい。


「そう今回はこの夜雀を捕らえて、まあ死んだ場合は剥製にしてこの博物館の展示物にしますの」


「夜雀は捕まえると夜盲症(鳥目)になると言われていますよ」


「それも含めて知るというのが学芸員としての使命ですわ」


 そう言ってクリスティーナはさあ出発しますと電話をかけ始めた。














 二人はタクシーに乗って、例の事件が良く起きているという村へ向かっている。


「今回はどのような要件で行かれるんですかい?」


 タクシーの運転手がそう問いかける。言葉の感じ的にクリスティーナとは知り合いのようである。それに、


(この運転手変な感じがする)


 黒い髪、普通の体形の男であるものの、つかみどころ無い。虚ろな感じを受ける人物である。マーガレットは運転手をじっと見つめる。


(それに……『何にも見えない』この人には『何も危険なことが起こらない』ってこと?)


 自身の力によって見えるはずの『危険な未来への回避』それが見ることができない。


「最近、騒がせている事件を見にですわ」


「ああ、あれかい。まあ最近になって出てきたんだよなあ」


 運転手はそう言いながらちらりとマーガレットの方を見る。


「このお嬢ちゃんは?」


「拾った子ですの」


「そうかい。てっきりあんたの博物館の展示物かと思っていたぜ」


「流石の私でもそのような扱いはしませんわよ。ミスター・ツキミ」


 月見と呼ばれた運転手とクリスティーナはそう言って笑いあう。後にこの運転手がツキミソウという名前であることをマーガレットはクリスティーナから伝えられた。


 やがて、


「おっ着いたぜ。あんたの言っていた場所だ」


 もう日が落ち、辺りが真っ暗の森にタクシーを止め、月見がそう言った。


「ふむ、特に何も感じませんわね」


 クリスティーナは纏っている黒いドレスを揺らしながらそう言って辺りを見る。


「一応、被害が出たという場所はこの森の奥だぜ」


「そうですの。ならば奥に行ってみますわ」


「やれやれ、相変わらず真正面から突っ込むお嬢さんだなあ」


 月見はそう言うとクリスティーナは振り向く。


「あらならばエスコートしてくれませんこと?」


「嫌だね。ゲッケイジュのやつやあんたと違ってほどほどに生きたいのでね」


(ゲッケイジュって誰だろう?)


 マーガレットはふと、そんなことを思いながら断れたクリスティーナを見る。彼女は特に、気にしたような感じではなく、


「あら、残念」


 と、言うのみであった。


「じゃあ朝、迎えに来るわ」


「ええ、よろしくお願いしますわ」


 ツキミソウは去っていった。


「さあ、行きましょうか」


「本当に行かれますか?」


「あら、あなたがそう言うってことは本当にいるってことですわね。なおさら行かなければ」


 クリスティーナはマーガレットの言葉を受けてずんずんと森の中に入っていった。そんな彼女にマーガレットはやれやれとばかりに着いていく。











「出てきませんわね」


 クリスティーナは電灯を片手にそう呟く。


「そうですね……怖いぐらいに森も静かですし」


 マーガレットはキョロキョロと森を見ていく。


「静かというよりも静か過ぎるって言った方がいいかもしれませんね」


 動物の気配すら無い。そのことが不気味さを感じさせる。


「あれは?」


 マーガレットが電灯を向けた先をクリスティーナが見ると、そこには木の枝に串刺しにされた人間の死体があった。しかしながらその死体には首も腕も足も無く、胴体だけが刺さっていた。


「惨い」


「なんでしょうね。あれはモズのはやにえの行為を真似ているのかしら。それともわざとやることで人間の恐怖を煽っているのかしら?」


 クリスティーナがそう呟いているとマーガレットが、


「お嬢様、右に」


 と、叫んだ。その言葉を受けてクリスティーナは右に向かって飛び出した。すうっと風の音と、


「チィ」


 という鳴き声が聞こえた。更に辺り一面に鱗粉が舞う。


「あら、驚きましたわ」


 クリスティーナは自分を襲ってきた存在の姿を見て、驚く。


 その姿は大きな胴体を持ち、顔は鳥と昆虫を合体させた顔をしており、大きなキバのようなものを持っている。大きな翼は蝶や蛾のような羽根で、鱗粉が零れている。


「夜雀ではなく、モスマンではありませんの」


 モスマン。1966年頃のアメリカ合衆国のウェストバージニア州ポイント・プレザント一帯を脅かした謎の未確認動物(UMA)である。


「そう言えば、高知以外では夜雀は蛾のような姿をしていたという記録がありましたわね」


「クリスティーナ様」


 マーガレットは口元を布で覆いながら叫ぶ。


「鱗粉を吸ってはいけません。目も保護してください」


 それによってモスマンはマーガレットの方を見る。


(なるほど、夜雀に会って夜盲症になるというのはこの鱗粉によるものかしらね)


 そう思いながら彼女は『ゴーグル』と『マスク』を取り出し、更には『長剣』を何処からか取り出す。


「思っていたよりも危険な相手のようですわね。生きて捕らえるのは難しそうですわ」


 ゴーグルとマスクを着けているとモスマンはマーガレットへと襲い掛かる。マーガレットは瞬時に逃走する。


「マーガレット、私の元に来なさい。あなたのゴーグルとマスクですわ」


「はい」


 マーガレットはモスマンの攻撃を見事に避けていき、クリスティーナの元にたどり着く。


「これも持ちなさい」


 そう言ってクリスティーナは拳銃もマーガレットに渡す。


「これって『口の中に入っていたんですよね』?」


「大丈夫ですわ。防水加工をしてますので」


 そんな会話をしているとモスマンが羽根を振り回して襲い掛かって来る。


「まあ、怖いこと」


 それをクリスティーナは長剣でその羽根を受け止める。


「チィ、チィ」


 モスマンは羽根を振り回して何度もクリスティーナに切りかかる。鱗粉が舞う中、クリスティーナは受け止めていく。


「左に避けてください」


 マーガレットの言葉を受け、左に避けるとマーガレットの放った弾丸がモスマンの体を貫く。


「チィ」


 痛みに悶えるモスマンは怒ったのか大きな足でクリスティーナに向かって蹴り上げる。


「まあ」


 それを長剣で受け止めようとするも凄まじいパワーで長剣はへし折れてしまう。


「この長剣はしっかりと清めたものですのに、ここまで折れるとは困ったものですわ」


 クリスティーナは折れた長剣を捨てると首元に手を持って行くと、すると首元で口が開き、そこから『拳銃』が取り出される。そしてそのまま弾丸をモスマンに放つもモスマンは痛みを感じるものの、それでも怯むまではいかず、そのまま襲い掛かって来る。


「聖痕が刻まれた弾丸でもそこまでのダメージとはいきませんわね」


「クリスティーナ様、右に」


 モスマンがクリスティーナの元へ突撃を仕掛けていく。それを右に向かって避ける。


「ふう。中々に厄介な相手ですわ。単純なパワーで押してこられると……仕方ありませんわね」


 彼女はマーガレットを見る。


「生きて捕らえるのは諦めますわ。でも、羽根だけは綺麗なままでいきます」


「わかりました」


 マーガレットはその言葉を受けて弾丸をモスマンの顔に向かって放つ。モスマンの目を吹き飛ばし、モスマンは痛みによって叫び声をあげる。


「大きな声ですこと」


 彼女は首元の口に先ほど使った拳銃を放り込み、ドレスの横腹の隙間に手を突っ込む。そしてそこから大きなハルバートが取り出された。


「さあ行きますわよ」


 二つのハルバートを振り回し、彼女はモスマンに向かっていき、振り下ろす。


 モスマンはそれを羽根で受け止めて弾くとそのまま羽根をもって彼女の横腹を切り裂こうとした。しかし、彼女のドレスまでしか斬れなかった。


 なぜなら彼女の横腹には大きな顔と口があり、その口がモスマンの羽根を咥えていたためである。


「私は二口女の子孫ですの。二口女は首元に大きな口を持ち、数多のものを喰らう妖怪。そのため口の中になんでも入れることができますわ」


 クリスティーナは笑いながらハルバートの先をモスマンの顔に突き出す。


「でも首元だと何かと不便ですの。そこで私は考えましたわ」


 モスマンの顔はハルバートによって貫かれ、モスマンは絶命した。


「二口女の能力を持つものがもし人面瘡を宿したら、その口にも、ものを入れることができるのではないかとね」


 人面瘡とは妖怪または奇病と呼ばれるもので、人間の体の一部に人間の顔のようなものが現れるというものである。


「ふう。モスマンの羽根だけ持ち帰りましょう」


「わかりました」


 ハルバートをしまってからクリスティーナは斧を横腹から取り出してマーガレットにも渡してモスマンの羽根を剥ぎ取り始めた。


 その作業は日が昇るまで続き、やがてツキミソウがやってきた。


「おい、どうだった?」


「ええ見つけることはできましたのですけど、思ったよりもでかい獲物でしたの」


 クリスティーナはビニールのようなものでモスマンの羽根を包んでから横腹の口に入れていく。


「ほへぇ夜雀ってこんなにでかい怪異だったのかあ」


「アメリカではモスマンっていうのですよこれ」


「モスマンねぇ、外国では大層な名前で呼ばれているんだなあ。まあいいさ。お嬢さん方、どうするかい高知の知り合いの宿屋まで言ってから帰るかい?」


「そうですわね。戦闘があったために汚れを落としたいので、お願いします」


 ツキミソウの提案にクリスティーナは喜び、マーガレットと共に彼のタクシーに乗る。


「モスマンの羽根、新しい私の博物館の名物になりますわ」


「私、クリスティーナ様の博物館にお客さんが来ているの見たこと無いのですが」


「たまに来ますの、たまに」


(うちの博物館の経営ってどうなっているんだろう)


 そう思いながら彼女はクリスティーナと共にタクシーで森から去っていった。


 以降、この森で被害者は出なくなったという。



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