第7話 件

「ちっ」


 舌打ちが聞こえる。


「また外したんですか?」


 事務所の掃除をしていた首藤ヒイラギは事務所の長であり、自分の上司であるゲッケイジュに呆れながらそう言うと、ゲッケイジュは吐き捨てるようにこう返した。


「全く、一着と二着までは当てたんだ。なんで三着に十八番人気のやつが来るんだよ。可笑しいだろ」


 競馬の予想を外したようである。そんなことに金を使っているからアルバイトへの給料の支払いが遅れるのではないか。そう思っているとそこに電話がかかってきた。


「ゲッケイジュだ……なんだタケか……ほう、またか?」


 ゲッケイジュは目を細め、ヒイラギに視線を送る。その仕草にすぐさまヒイラギは彼のコートを持って行く。


「わかった。切るぞ」


 ゲッケイジュは電話を切ると持ってきたコートを受け取る。


「ヒイラギ、ハギに連絡して現場に来るように言え。あいつの力を借りたい」


 羽吹ハギ、事務所に所属しているアルバイトの一人である。


「怪異が関わっている事件ですか?」


「ああ、おそらくな」


 ゲッケイジュはコートを纏う。


「相手はくだんだ」













 件。顔が人間、体は牛という姿の怪異である。江戸時代の頃に現れたという記録が残っている。この怪異は人間の前に現れると病害や戦争などの予言や件に出会った人間の死を予言するという。


「その件が不審死の現場にいたというんですか?」


 合流したハギが現場に向かう道中でゲッケイジュに問いかける。


「そうだ」


「件が事件現場にいたということで呼ばれたのはわかりましたけど、でも件は予言はしますけど直接、人間に手を出すなんてことは無いですし自分たち必要ですかねぇ?」


 件は被害をもたらすのではなく、被害を予言する怪異である。それに対して自分たちが必要とされる理由がわからない。


「それだけならばな」


 ゲッケイジュは意味深げにそう言うのみであった。そうこうしているうちに現場にやってきた。現場は古びたアパートであった。周りにはパトカーが数台止まっている。


「来たか」


 自分たちの存在に気づいた山本タケ刑事が自分たちを呼ぶ。


「で、件は?」


「こっちだ」


 タケはゲッケイジュたちをアパートの二階にある203号室に連れて行く。中には廊下で苦し気な表情で亡くなっている男がいた。


「仏さんは阿部均というそうだ」


「仏さんはいいから件を見せろ」


「わかっている」


 そう焦るなと山本は阿部の遺体の先、キッチンにゲッケイジュたちを案内し、キッチンで広げられているシートに載せられている件を見せた。


 人のような顔をし、体は牛というよりはネズミに近い姿をしている生物の死体があった。


「件は家畜から生まれる。だから体が牛ではないことはある」


 ゲッケイジュはそう呟きながら件を見る。


「確かに件だな。妖力の残滓からもわかる」


「だろうな。因みに件はキッチンのゴミ箱の中から見つかった」


「そんなことより、この件で?」


「十匹目だ」


 タケの言葉にヒイラギとハギは驚く。


「えっ件ってそんなに見つかるんですか?」


「見つかるわけないだろ」


 呆れるように言うゲッケイジュの代わりにタケが説明を始める。


「最近、市内全域で不審死の仏さんがよく見つかるんだ。最初の頃は特に問題視していなかったのだが、複数の現場でこの件が発見されるようになってな」


「つまり不審死を引き起こしているのは件っていうことですか?」


 ヒイラギの言葉に対してゲッケイジュが言う。


「本来、件は予言をする怪異だ。しかしながらその怪異がここまで十匹も見つかっている。事件の関連性を把握したくて俺たちが呼ばれたということだ」


 彼はハギを見る。


「ハギ、お前に仏さんの声を聴いてもらいたい」


「了解」


 ハギは怪異・以津真天の子孫である。彼はそれゆえに死者の言葉を聞くことができる。


 ハギは阿部均の近くに行くと手をかざす。


「うーん。死の直前になんでという疑問が強いなあ。全然、件が出てこない……」


 彼は死者の言葉を聞くことができるとは言え、死者の強い感情が籠っていない場合、聞き取ることができないことがある。


「うん?なんだ……何か箱……箱の中に……それが開かれて……駄目だ……ここまでです」


「箱……」


 ヒイラギは現場を見ていき、段ボールがまとめられているのがあるぐらいで箱らしい箱は無い。そこに現場にやってきた男がいる。


「やはり件がいただろう」


「これは坂上警視」


 タケは敬礼を行う。坂上洋一警視。山本タケの上司に当たる人物で有名な陰陽師の家系の生まれであるため怪異の関わる事件では指揮を執ることが多い。


「おう落ちこぼれ警視殿じゃん」


「無礼だぞゲッケイジュ」


 坂上とゲッケイジュはにらみ合う。彼らは昔から仲が悪く、いつもゲッケイジュは坂上のことを落ちこぼれと呼んでいる。坂上は陰陽師の家系の生まれでありながら陰陽師としての才能が一切無かったため彼は落ちこぼれと呼ぶのである。


「全く、それで以津真天よ。何かわかったか?」


「ハギです。仏さんは何か箱を見たということぐらいしか……」


 嫌そうな顔をしながらハギがそう言うと坂上は顎に撫でながら悩む。


「ふん……箱か……」


「警視、これで件は十匹目です。件の大量発生が起きたということでしょうか?」


 その言葉に坂上は怪訝そうな顔をしてから段ボールを見る。


「あそこの段ボールはなんだ?」


「段ボールですか。何かしらの宅急便が送られて……」


「あっもしかして箱ってこれだったり?」


 ヒイラギの言葉に坂上はタケを見る。


「鑑識に送って段ボールに生物が入っていたような痕跡があったのか確認させろ」


「はっ」


 タケは鑑識を呼びに行く。


「ふん、ゲッケイジュよ。この事件どう考える」


「正直、わかんねぇな」


「ふん、役に立たんな」


 坂上はそう言うともう用が無いとばかりに現場から去るように言う。


「はいはい、帰りますよ……」


 ゲッケイジュは件の死体を見る。


「ちょっと一つ良いか?」


「おい勝手に触るな」


 坂上がそう言うのを気にすることなく、ゲッケイジュは件の死体に近づきまじまじと見る。


「見つかった件って全部、牡か?」


 ゲッケイジュの言葉に坂上は怪訝そうな顔をする。


「性別に意味があるのか?」


「ある。件は怪異だが、家畜から産まれる以上、牡と牝がいる」


 ゲッケイジュは坂上を見る。


「そして件の牡は不吉な予言をする。そして牝はその予言を回避する方法を教える。どちらも短命という点は同じだがな」


「そのような話、聞いたことが無いぞ」


 陰陽師の家系の生まれとして知識を持っている坂上に対してゲッケイジュは勝ち誇ったような顔をする。


「それはそうさ。陰陽師というよりは呪術師の界隈で伝わっている話だからな」


「呪術師……」


「件は強力な呪いをかける怪異だと俺は思っている」


 その言葉を聞いた後、坂上は彼にこう言った。


「情報提供、感謝する。さあ去るといい」


「あいよ」


 ゲッケイジュはヒイラギとハギを連れて、現場を後にした。









「呪いをかける生物……件をそう言いましたがどういう意味なんでしょうか?」


 帰り道ヒイラギはゲッケイジュにそう問いかける。


「そうそう、なんか坂上の野郎もそれを聞いてなんかわかったような顔をしていたけどよ」


 ハギの言葉を聞いてゲッケイジュは鼻で笑う。


「俺は件という生物は自然発生的な存在ではなく、呪いを行うために生まれた存在と考えている。件は予言を行う。病害や戦争、死の予言を行うと言われているが、もっと正確に言えば、自分が最初に見た生物の死の運命を告げることで呪いをかけるのさ」


 彼は二人を見る。二人は渋い顔をしている。


「占いでよく当たるも八卦当たらぬも八卦という言葉を聞いたことはないか?」


「あります。占いで当たっても当たらなくてもそんなに気にしなくて良いみたいな」


 ヒイラギの言葉にゲッケイジュは頷く。


「そうだ。しかし本来、占いというものは国家の未来を見るための儀式だったほど、強力なものだったはずなんだ。しかし実際、自分たちが占いを聞いたところでそのような強力さを感じることは無い」


「そうですよね。朝のニュースの占いコーナーとかふうんって感じで聞くぐらいですし」


「その理由は簡単だ。生贄が無いからだ。古の時代における儀式においては何かの犠牲を払うことで国家の命運を占った。ここまで考えてみて、こう思わないか。国家の命運を占う行為において犠牲を払うのを一個人の命運を占う行為を犠牲を払って行った場合、どれほど強力なものなのかと……」


「件はそれほどの規模の占い、予言を行っているんですか?」


「かもしれない。俺も流石に直接、件を見たわけではないからな。ただそれを行うために件の予言は強力な誓約が加えられているように見える」


「誓約ですか」


「そうだ。呪いはそもそも強力であればあるほど色々な条件や手順を求められる」


 その言葉を聞いてヒイラギはふと『水鏡』のことを思い出す。


「件は目の前にいた人物の死を予言するため、予言を行った後、自らの命を失っている。それが一つ目の誓約だ。己の命を犠牲に払うことで強力な予言としているんだ。そしてもう一つ、件の予言を更に強力にさせる誓約がある。それは牝の件にその予言を回避する方法を提示させていることだ」


「なんで回避する方法を提示するんですか?」


「そこが件の予言の強力な点なんだ。件は回避する方法を提示することで、。しかも回避の方法を教えた後、命を犠牲にしている。死の予言と回避する方法、どちらも命を犠牲にすることでそれらを強力にし、確実性を高めている。恐ろしい怪異だよ。全く」


「件ってそこまで恐ろしい存在だったんですね」


 ヒイラギがそう言うとハギが疑問の声を上げる。


「つまり今回、その件の牡が被害者のところに行って死の予言を行う。被害者はその予言通り死んでいるということですよね。でもそれなら回避の方法を教える牝はどこに行っているんですか?今まで見つかったのって牡ばっかりなんですよね?」


「そうだ。それが今回の面倒なところなんだ」













 数日後、ゲッケイジュたちは坂上とタケに呼ばれて警察署にやってきた。


「現場にあった段ボールから生き物が入っていた痕跡があったことが確認された」


「つまり段ボールに入っていた件を被害者は見て、件の予言を聞いたが気にすることなく、件をゴミ箱に捨てていただけにしていたということか」


「まあ不気味な生物に自分の死を予言されても本当にその通りになるって思わないですものね」


 ゲッケイジュとヒイラギがそのように言う。するとハギが言う。


「ならそれを発送したやつとかを調べればいいんじゃ」


 その言葉に坂上は笑う。


「そのようなこともうしている。どの事件でも件を入れられた段ボールはあった。そのため送り主を調べたがどれも住所はバラバラで人が住んでいない空き家から送られていたものもあった。次に荷物を運んだ会社を調べたが、どの会社もそのような荷物は扱っていなかったという証言を得ている。また、阿部均から抗議の電話があったという証言をしている会社もあったが、そこもそのような荷物は運んでいないと言っていた。全くもっと考えて言え」


 坂上の言葉にハギは面白くなさそうな顔をする。


「で、牝はどうした?」


「ああ牝の発見は一匹だけだ」


「一匹か……」


「しかも発見されてからだいぶ時間が経ってしまったことで既に処分されてしまったがな」


 忌々しそうに坂上は言う。


「発見場所は?」


「七番目の被害者の傍の学校で飼われているウサギ小屋だ」


「そうか……牝の生まれまでは完全にコントロールできないということだろうか……」


 ゲッケイジュはそう呟く。


「そのほかにわかったことがある」


 坂上はそんなゲッケイジュを気にせず、話を続ける。


「件を鑑識でDNA鑑定を行った」


「怪異をDNA鑑定……」


 中々に無いことである。


「そこでわかったことは今まで見つかった件の牡どもは皆、兄弟ということだ」


「ほう……」


「えっどういう意味ですかそれ?」


 ヒイラギは全ての件が兄弟ということがわからなかった。


「つまり発見された件は全て親が同じであるということさ」


「そんなことあるんですか?」


 ヒイラギの言葉にゲッケイジュはこう言う。


「普通は無い。無いはずだ。だが今の状況事態が異常だからそういうこともあるのだろう」


 続けて坂上は言う。


「しかも凄まじいほどに近親交配が行われた親を持っているそうだ……」


「ほう……面白いなあ」


 坂上の言葉にゲッケイジュは思わず、笑う。


「そうか、そのようなことがあるのか。これを為したやつは余程の天才か狂人だな」


 そこに駆け込んできた者がいる。


「タケさん。警視。また件ってやつが発見されたそうです」


「わかった工藤。通達通り、件を鑑識に……」


「なあ」


 タケが後輩の工藤にそう指示を出したところでハギが言葉をかける。


「俺、もう一回声を聴きたいんだけど」


「被害者のか?」


「いや、件の声を聴きたいんだ」


 ゲッケイジュの言葉にハギはそう答えた。


「でも、ハギの力は人間の声しか聴けないはず……」


「やってみろ」


 ヒイラギの言葉を遮るようにゲッケイジュは許可を出す。


「いいだろ?」


 ゲッケイジュは坂上を見る。坂上は勝手にすれば良いというように許可を出した。


 やがて警察署に件が運ばれてきた。ハギはその件に手をかざす。


『許さん……』


「聴こえました」


「なんだと」


「件は人間の顔を持つ。だから聴こえるのかもしれんな」


 驚く坂上にゲッケイジュはそう言う。


『許さんぞ。あの男……我々兄弟を私利私欲によって使い、姉妹は無残に殺していくあの男を……許さんぞ』


(強い怒りだ)


 死者の声がここまではっきり聴こえるには余程の無念の感情が強くなければならない。件は何者かに強い怒りを抱いているようである。


『許さん、許さん。やつを許さんぞぉ』


(名前、場所なんでもいいもっと何かヒントになるものを)


「ハギがすごい集中している」


「余程はっきりと聴こえているのだろう」


 ハギは件の怒りの言葉から今回の事件の原因となっている人物へ繋がるヒントを探ろうとしている。


『我らの無念、怒り。全てを呪いに変えてもうすぐ晴らすことができる。やつに大きな絶望をもたらすのだあ』


「君たち件は何をしようとしているんだ」


 ハギがそう言った後、件の声は聴こえなくなった。


「もう聴こえない……」


「聴こえた分だけでもいい。何が聞こえた?」


 ゲッケイジュの言葉に答えるようにハギは聴こえてきた内容を話した。


「ふむ、件は何者かに復讐しようとしているのか……」


「どうやるつもりなのでしょうか」


「さあ……だが、俺としては見たことも無いものを見れると思うと面白く感じるがな」


 ゲッケイジュはそう言って笑った。
















 高層マンションの45階に住む男の名前は進藤幸助という。彼は生物科学者である。


 彼は遺伝子に関する論文をいくつも発表した研究者であったが、遺伝子研究の中、ある生物の存在を知った。その生物とは件である。


 人の顔を持ち、牛の体を持つという怪異・件。その奇怪な生物の存在に興味が惹かれた彼はその件という名の怪異の生物の研究を行った。


 やがて件が生んだという生物のDNAを調べていくうちにそれらその生物のDNAに似通った部分があることに気づいたのである。


 やがてそのDNAを持った生物による交配を行えば、件の誕生の確立を高めていくことができるのではないかと考えるようになった。やがてそのDNAを持つネズミを集めに集めて近親交配を繰り返していった。


 そしてそれを繰り返した果てに件が生まれた。


 自分の考え通りに生まれたことに歓喜した彼は論文にまとめて発表を行った。


 しかしながらこの奇怪な内容の論文が発表されても多くの者はその研究結果は一蹴した。


「なぜだ」


 ちゃんとした研究結果を示して成したことであるのに認められないというのはどういうことなのか。


 彼は何度も抗議を行った。そして彼は狂人であるとして学会を追放されてしまった。


「許さんぞ」


 自分の研究を認めなかった者たちを見返すために彼はますます研究に打ち込み、いくらでも件を生み出せる母となるネズミを完成させることに成功した。


「ふふ、連中に件を見してやる」


 彼は憎しみのあまり件を自分を馬鹿にした連中の元に送った。やがて彼らの死を知った。


「ふふ、あっははははっ」


 彼は笑うと同時にこれは完璧な完全犯罪になるのではないかと思った。そしておのれの成したことが神の御業のように思えるようになった。人の運命を操っているような気分だったのである。


 やがて彼は無関係な人物の元にも件を送るようになっていった。


 警察が把握していないような被害者も多くいた。それにも関わらず、彼は捕まることなく過ごしていった。


 もはや自分が神のように思えた。


 そんな彼には妻がいた。進藤美琴という。彼女は学会から追放された夫を見捨てることもなく、支え続けた。そんな彼女には進藤幸助も愛し大切にした。


 やがて二人の間に子供が授かり、妻のお腹もだいぶ大きくなった。


「もうすぐ私たちの子が生まれるわ」


 妻はそう言って夫に微笑んでいた。


 子供の誕生を待ち浴びながら彼は研究を続けていた。件の扱いには最低限の注意を払う。生まれても見られないようにし、予言の後に生まれた牝もできる限り早く始末した。


「牝が必ずも私のところで生まれるわけではないのだが……」


 だが、それでも自分がやったことなど証明などできまい。そもそもこのようなことを信じる者もいないはずである。自分の研究を認めなかった連中なのだから。


 そう考えている時、リビングから悲鳴が聞こえた。


「どうした美琴」


 進藤幸助は愛しい妻の元に駆け込む。


 そこには凄惨な光景があった。妻は血まみれになって倒れている。その顔には生気はもはや無く、死んでいることは確かであった。しかも彼女の腹は切り開かれていた。


「なっなんだこれは」


 そのあまりの惨状の中、キッチンから音が聞こえた。


「これが人間の食べ物かあ美味しいじゃん」


 若い声である。キッチンからハムを血まみれの手で持ち口に運んで食べている。やがて進藤幸助の前に血まみれの裸体を見せながら少年が現れた。


 しかしながら奇怪なところがある。血まみれの裸体というのもあるが、彼の額から角が生えていたのである。


「あっやあ、こんにちは」


 少年は進藤幸助に気づきあいさつを行う。


「それともこう答えた方がいいかい?お父さんってさ」


「貴様、なっ何を言っているのだ。これはお前がやったのか」


 進藤幸助は取り戻しながらそう叫ぶ。


「嫌だなお父さん。そんなに僕を見て騒いでさ。まあこれをやったのかと言えば、やったけどさ。でも仕方ないじゃないか。お母さんのお腹から出てきたらこうなっちゃったんだからさ」


「なっ何を言って」


「僕は件さ。お母さんから産まれたお父さんの子さ」


「ば、馬鹿なそんなことが」


 件は家畜からしか生まれない。そうだったはずである。


「しょうがないさ。お父さんはあまりにも僕たちを怒らせてしまったんだからさ」


 少年は笑う。


「進藤幸助。君はこれから1時間以内に心臓麻痺で死ぬ」


「はっ」


「言っただろう。僕は件だってさ。件は死の予言を行うそうだろう?」


「はっははははは」


 進藤幸助は研究室に駆け込む。研究用のネズミたちを見るがどのネズミも産む様子は無い。


「は、速く産め。速くぅ」


「ばっかだなあ」


 いつの間にか彼の後ろにいた件はキッチンから持ってきた包丁を持って、それをそのまま進藤幸助の胸を何度も刺した。


「僕たち怪異は人間の血が混じるとどうも力の内容が弱体化したり、少し変わったりするみたいなんだよね」


 彼は倒れこみ血を流す進藤幸助を見据えながら続けて話す。


「僕の場合は見た者の死の運命を見ることはできても無理やり自分の望む史の運命にすることはできないんだ。まあその代わり命を失わずに済むんだけどね」


 包丁を投げ捨てる。


「これを弱体化と見るか変化と見るかどうなんだろうねぇ」


 彼は研究室にいるネズミたちを解放する。


「まあ長生きできないだろうなあ」


 ネズミたちを見てそう呟いた後、彼は進藤幸助の部屋から服を取り出し纏う。


「さて、僕の対となる子はどこで生まれたのかな。それとも生まれないのかな?」


 ふふと笑う。


「彼女を探すとしよう。もう僕は自由なのだから」


 何処かへと彼は去っていった。
















 病院で悲鳴が上がる。


「はあ、はあ」


 額に角の生えた美しい裸体を持つ女が息を切らせながら母を見る。


 苦悶の表情を浮かべ、腹が切り開いている彼女の姿に、


「ごめんなさい。ごめんなさい」


 涙を流し、謝罪する。


「何がありましたか……ひぃ」


 看護師たちが血まみれの彼女を見て悲鳴をあげる。その看護師を見て、彼女は、


「あなたの息子さんお腹の痛みに苦しんでいるのでしょう。あなたのご先祖様が近くの神社の井戸を枯らした罪のための罰を受けている。神社に行って礼を尽くし、魚を送るといいよ」


 看護師にそう告げると窓を開け、病院から脱出した。


「何処かへ行かなければ……何処か」


 裸体を隠しながら行くと黒い洋風の屋敷を見つけた。


「あら、これは面白いものを見つけました」


 その屋敷にいた黒い喪服のような真っ黒なドレスを着た女性が笑いながら自分を見る。


(この人……変)


「あなた、私の元に来なさい。私はクリスティーナ・フォン・ブラックローズと申しますの。ここの黒薔薇博物館の学芸員をしておりますものです」

















 多くのパトカーがある中、その中を進み高層マンションにゲッケイジュたちは入った。


「惨いですね」


 腹が切り開かれている進藤美琴、包丁で何度も刺されて血まみれの進藤幸助の遺体、そしてその周りに群がるネズミたちを見てヒイラギは呟く。


「どうだ?」


 彼らに手をかざすハギにゲッケイジュに問いかける。


「進藤美琴の腹を切り裂いて、角の生えた男の子が飛び出てきたようです」


「そいつが件か」


「でも、件って家畜からしか生まれないって」


「件は顔が牛、体が人って言うのもいるらしいぞ。人から産まれた件がそれなのかもしれないなあ」


 ゲッケイジュはそう言って笑う。


「もしくは件の怨念が赤子に狐憑きとかかもしれんな」


 そう言っている中、タケがやってくる。


「今、連絡があった。病院で腹が切り裂かれて死んでいる女性がおり、その傍には額に角の生えた女がいたそうだ」


「件の牝の方も出てきたか」


 ゲッケイジュが苦笑する。


「ふふ、面白いなあ。人が科学で件を生み出し、その結果、件のハーフすら産まれることにまで至った」


 彼はタケを見る。


「なあ見つけたらさ俺が預かっていいか?」


「駄目だ。もうすでに件は人を殺している。殺人を行った以上、野放しにするわけにはいかない」


「やれやれ人が神の如き所業をやろうとした結果だろうに……全く怪異には暮らしづらい世の中になったもんだぜ」






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