第5話 七人ミサキ
ジャラン、ジャラン。
真夜中を音を鳴らしながら歩く七つの影がある。彼らの手にはそれぞれ錫杖が握られており、それが歩く度に音を鳴らす。
ジャラン、ジャラン。
今日は満月である。満月の光が彼らを照らす。彼らの格好はまるで山伏のようで、顔は頬がこけたミイラのようであった。
ジャラン、ジャラン。
彼らは歩き続ける。それは雨であろうが、嵐だろうが。それが彼らに課せられた業であるために。そんな彼らがある場所に至った。そこには修羅のような顔をした地蔵が立ち並んでいた。
ジャラン、ジャラン。
彼らを見据えるように並ばれている地蔵たちを見ると立ち止まり、彼らは別の道に行こうとするが、彼らは気づいた。
八体いる地蔵の内の一体が倒されていたのである。理由はわからない。しかし、これによって彼らは地蔵によって阻まれていた道を歩むことができるようになった。
ジャラン、ジャラン。
彼らは地蔵の横を通り抜けていく。すると整備されていない坂道が続いていた。彼らはその坂道を下っていく。すると整備された道路に至った。そのまま突き進んでいくと、そこに明るい光が迫ってきた。
しかしながら彼らはそれを気にすることなく、歩き続ける。それが彼らに課せられた業だからである。
光を放つものはキィィィィと、音を立てながら彼らの列にぶつかった。
三つの影が空を舞った。そしてそのまま地面に叩きつけられた。
「おいおい、やべぇぜ」
光を放つもの。現代においては自動車と言われるものから若い金髪の男と耳のピアスが多い男。茶髪の男の三人が降りる。その時、彼らは地面に叩きつけられた三つの影が自分たちを見ているのに、気づいた。そして、三つの影は彼らを見据えてにやりと笑った。
「ひっ」
その不気味さに三人は後ずさり、慌てて車に乗り込む。
「おい、出せ」
「い、いいのか」
「俺の親父は政治家だ。裁判沙汰になったとしてももみ消せる」
そう言って彼らのリーダー格である金髪の男が車を急いで出すように促す。茶髪の男は頷き、アクセルを全力で踏み込み、車を発進させた。
四つの影が倒れこむ三つの影を囲む。三つの影からは光が漏れ、夜空に向かって登っていく。やがて三つの影は消えてなくなった。
ジャラン、ジャラン。
四つの影が錫杖を鳴らす。
ジャラン、ジャラン。
「三つのはぐれが生じた」
ジャラン、ジャラン。
「足さねば、ならぬ。足さねば、ならぬ」
ジャラン、ジャラン。
「我らは七つ。七ついなければならない」
ジャラン、ジャラン。
「はぐれは生じてはならない。はぐれは生じてはならない。足さねば、足さねば……」
ジャラン、ジャラン。
四つの影は車が走り去っていった方向を見据える。現代社会の輝きを放つ町。暁月市西部を彼らは見据え、歩き出す。残り三つを足すために……、七つであり続けるために。
「ありがとうございましたあ」
店員のお礼の言葉を背に耳のピアスが多い男、石川はコンビニ袋に酒とつまみを入れてコンビニから出てくる。そのまま夜道を歩き出す。
「はあ、もっと金が欲しいぜ」
タバコを加えながら彼はそう言う。
「しかしこの前はひどい目にあったなあ」
彼は友人の金髪の香川、茶髪の戸川と一緒に車の乗っていた時のことを思い出した。超スピードで戸川に運転させていた時に突然、現れた連中を挽いてしまったことを。
「ヘンテコな格好をしていたよなあ。あいつら。三人吹き飛ばされていたのに、騒がないし、挽いたあいつらは笑っているし……」
あの時の不気味な笑顔を思い出すと寒気を感じる。
「あっマジで寒気感じてきた」
彼は両腕を擦り、咳こみ始める。
「なんか身体がだるいぜ」
その時、ジャラン、ジャランという音が聞こえてきた。
「なんだあ?」
音のする方を向くと、彼は目を見開く。あの時の連中が後ろからやってきていたからである。
「おいおい、なんだよあいつら」
不気味に自分を見据えている。彼は走り出す。
「はぐれはおらぬかあ」
四つの影がそう言って彼を追う。
「なんだよ。なんなんだよ」
身体が熱い。走っているからだろうか。それにしても身体が段々と怠くなっていく。走るのも億劫になってくる。
「なんでこんなに走るのが辛いんだ……」
逃げなけれならない。あいつらの不気味な目から逃れなければ……しかし、身体は怠く。足に重りがついているように動かなくなっていく。
やがて彼は膝から落ちるように倒れこむ。そんな彼の周りを四つの影が囲む。
「あ、あれは事故。そう事故だったんだ。香川のやつは政治家の息子だからよう。金はたくさんやってくれるはずだ。なあ電話番号教えてやるから。な?」
石川はそう言ってスマホを取り出すが、四つの影はそれを気にすることはない。
「はぐれは三つ。我らは七つでなければならない」
影の一つがそう言う。
「なんだよ。三つって、七つって……」
「足さねば、ならぬ。足さねば、ならぬ」
ジャラン、ジャラン。
錫杖を鳴らしながら彼らはそう言う。そして彼らは石川を見据えて錫杖を振り上げる。
「おい、やめろよ。なあ」
石川は涙を流しながら許しを請う。
「やめろおおおおおお」
その言葉を気にすることなく、彼らは錫杖を何度も、何度も振り下ろす。容赦なく、振り下ろす。何度も、何度も何度も、相手の息の根が止まるまで……
道に夥しい血が流れる中、何度も錫杖を振り下ろされ息の根を失った石川は少しして目を開いた。そして立ち上がるとみるみると山伏の格好を身にまとい始めた。
「これであとは二つ……」
ジャラン、ジャラン。
錫杖を打ち鳴らし彼らは呟く。
「はぐれはあと二つ。足さねば、ならぬ。足さねば、ならぬ……」
ジャラン、ジャラン。
五つの影となった彼らは歩き出した。次のはぐれを見つけ出すために……
朝日の輝きが照らす中、複数のパトカーが並び、黄色いテープが貼られている。そこに赤いランプをつけた黒い車がやってきた。
車の扉が開き、一人の男が降りてくる。髪がつんつんとしているのが印象的な男である。名前は山本タケという。彼は車から降りた瞬間、目を細めた。
(これは……)
「先輩、こっちです」
そこに後輩の工藤が山本を見つけて手を振る。山本は彼の元に行くため黄色いテープを潜り、現場を見た。
それは凄惨な光景であった。本来は普通のどこにもあるはずの道路の隅々に赤い血が広がり、道の端の壁にも多くの血しぶきが彩っていた。
「先輩、今回の事件、とても奇妙ですよ」
「そうだな」
工藤の言葉に山本は頷く。このような現場でありながら奇妙なのはその血の持ち主であるものが見当たらないからである。
「これは人間の血なんだよな?」
「ええ、それは鑑識が調べましたので、確かです。ただこの現場に落ちていた学生証の人物のものかはわかりませんけどね……」
そう言って工藤は袋の中にある血に濡れた免許証を差し出した。そこには蓮田大学三年・石川三郎という名前があった。
「被害者なのか。加害者なのか……目撃者は?」
この血がこの石川のものかは鑑識の結果を待たなければならない。
「真夜中に悲鳴を聞いたものはいるのですが、実際の現場を目撃者はいないようです」
「真夜中とはいえ、ここは住宅街だ。悲鳴を聞けば、見たものが一人が二人、いてもおかしくないが?」
「それが、当時いや今もなんですが……住宅街の誰もが調子を崩しているようで、特に昨夜は誰もが寒気や吐き気を感じ、動けなかったため外に出ることができなかったと言っております……」
工藤の言葉に山本は眉をひそめる。
「それは本当か?」
「はい、そうです先輩」
山本は少し考え込む。
(この現場にある異常なほどの妖気……周囲の住民が調子を崩す……まさか……)
もし想定している存在だとすると相当厄介である。
「先輩、なにかわかったんですか?」
「いや、まだだ。取り敢えず、工藤は石川という大学生の交友関係を調べてくれ……鑑識は結果が出たらすぐに連絡をくれ」
「わかりました。先輩は?」
「少し一人で動く。なんかあったら電話してくれ」
そう言って山本は車に乗り込み、車を走らせた。
山本タケは暁月駅から二十分ほど歩いたところにあるビルにやってきた。オンボロなビルで下にはカフェがあり、その横の階段を登っていく。
そこの四回まで行き、そこにある扉をノックする。
「はい、今、行きますね」
少年の声が聞こえ、扉が開かれ、マフラーを首に巻いた少年が出てきた。
「あっタケさん」
「ヒイラギ君。少しお邪魔するよ」
「はい、ゲッケイジュの旦那は奥にいます」
二人は事務所に入る。先ほどまでヒイラギが掃除していたのか。掃除道具が近くにあり、そこを通り抜けると壁にたくさんの書物が本棚があり、中央に大きなテーブルを挟んだソファ。その奥にデスクがあり、茶色のコートを身に付けている男がそのデスクに足を乗せて寝ている。
「旦那。お客さんですよ」
ヒイラギの言葉に男は起きる。
「なんだ、タケか」
「久しぶりだ。ゲッケイジュ。少し話したいことがあって来たんだが良いか?」
「構わんよ。ちょうど暇していたところだ」
ゲッケイジュはそう言ってソファに座るように促し、自身もその向かい側のソファに座る。ヒイラギはお茶を入れ、テーブルに置く。
「それで話というのはなんだ?」
「昨夜、奇妙な事件があってな。意見を聞きたい」
「その事件とは?」
山本タケは今回の事件について話した。
「強力な妖力に、血だまりの現場に関わらず、遺体はなく、周囲の住民は体調不良を訴えているか……」
「そうだ。それらを踏まえて今回の怪異は……七人ミサキだと思っている……」
「厄介なやつが来たな……」
ゲッケイジュはそう言って眉をひそめる。
七人ミサキは七人同行、七人童子、七人同志とも言われ、四国、中国地方に伝わる妖怪である。山伏のような格好をして七人で常に歩き続ける。彼らが通った近くにいたものは高熱や吐き気などを覚え、調子を崩し、最悪死に至ることもあるという強力な妖怪である。
「彼らの正体には諸説ある。ここ暁月市辺りではどのような話があるか知りたい……」
暁月市は特殊な霊脈があり、各地の妖怪や怪異が集まりやすい。そのため本来は地方にいる存在であってもいる場合があり、かつ本来とは違う逸話を持っていることがある。
ゲッケイジュはヒイラギに本棚のある書物を取るように促し、取ってこらせるとそれを開いた。
「この辺りの七人ミサキはどちらかと言えば、広島の七人ミサキが近いな」
そう言って彼は暁月市に伝わっている七人ミサキについて説明を始めた。
かつて七人の強力な霊力を有した山伏がいた。彼らはその強力な霊力を使って好き勝手残虐行為を行っていた。これを憂いた村人たちは彼らを酒に酔わせ、眠らせたところで彼らを皆殺しにした。
しかしながら強力な霊力を有した彼ら山伏はこのことを恨み、悪霊となって祟りをもたらし始めた。
これにこの地を訪れた善良な僧侶がこの悪霊と対峙したが、彼らの力があまりにも強大であったために成仏させることは不可能と考え、彼らが例外を除いて他者を殺戮できないように力を封じ、彼らを現世での罪と憎しみが無くなるまで決められたルートを永遠と歩き続けさせることで彼らを成仏させようとした。
こうして七人ミサキが生まれたという。
「彼らが永遠に歩き続けるのは自分たちの罪を悔い改めさせるためだ。それでも彼らが歩いている傍に居ると生気を吸われて周囲の者が衰弱してしまった。そのため僧侶は道沿いに八体の修羅のような顔をした地蔵を置いたという。だが今回、七人ミサキがやってきたということはその地蔵は何らかの要因によって倒されたんだろうな……」
(後で雲海の婆さんに知らせておくかね……)
「一つ聞かせてもらってない例外とは?」
僧侶はある例外を除いて他者を殺戮できないように力を封じたと言っていた。その例外とはなんなのか。タケはそう思い問いかけた。
「例外とは……自分たちを何らかの方法で七人が減ってしまった場合だ」
「減ってしまった場合……」
「僧侶は善良だった。彼らがどれほど凶悪であろうともその罪を悔い改めさせることを諦めなかった。だが、僧侶が用いた方法は七人で悔い改めるために歩き続けるという強い執着をもたらせることになった」
ゲッケイジュは皮肉そうにそう言った。
「そのため彼らがもし何らかの要因で七人が減ってしまった場合、その原因を起こした対象を取り込むことでその数を保とうと考えるようになってしまったんだ」
「つまり今回の事件は石川は彼らの数を減らしてしまったため、狙われたということか?」
「そうだろうな……これで石川だけならば、彼らの同行を見守って暁月市から出て行ったところで再び、地蔵をなんとかすれば解決だろう」
そこで山本タケのスマホが振動する。
「失礼……」
そう言って、彼はスマホに出る。電話をかけてきたのは後輩の工藤であった。
『先輩、事件現場にあった血は石川のものであることが確認されました』
「そうか……」
石川が被害者であることが確定した。そして、石川を殺害したのは七人ミサキであろう。
「タケ、これから言う住所の辺りに被害者は最近、行ったか聞いてみてくれ」
ゲッケイジュにそう言われ、彼に教えてもらった住所を伝えると、工藤は石川が友人の香川壮一、戸川昴と共にドライブに言っていたと言った。
「わかった。ありがとう。その友人の香川と戸川の状況を調べてくれ。もしかすれば彼らも巻き込まれるかもしれない」
『は、はい』
なぜ、山本がそう思うのかと思いながらも工藤は彼の言われた通りにすることにした。
「石川は二人の友人とドライブしてお前の言っていた住所に行っていたようだ」
「そいつらが七人ミサキに手を出したということか。石川が取り込まれ、あとは二人か……」
「どうすれば良いだろうか?」
山本がそう尋ねるが、ゲッケイジュは首を振る。
「俺としてはさっさとその二人を差し出してしまう方を選ぶな」
「数を保とうとするのであれば、彼ら全員を祓ってしまうというのはどうだ?」
「七人ミサキはただの妖怪では無い。もはや彼らの存在は概念だ。殺し合いはできない」
「それでも……」
諦めきれない彼にゲッケイジュは言う。
「先ほど言ったように七人ミサキの厄介さは彼らが通るだけでも周囲に悪影響を与えることだ。あれが病院の近くでも通ってみろ。相当な人が亡くなるかもしれんぞ」
ゲッケイジュの言葉に山本は黙り込んでしまう。
そこで再び、スマホが振動する。
「山本だ」
『先輩、蓮田大学近くで大学生に襲いかかる不審者たちがいたと通報がありました』
工藤の言葉を聞いて、立ち上がる。
「わかった。すぐに行く」
山本はスマホを切り、事務所を出ようとする。
「おい、タケ。さっさと二人を差し出して彼らの執念を治めてしまえ」
ゲッケイジュがそう言うが、山本はそれに答えず、そのまま出て行った。
「どうしますか旦那?」
ヒイラギが問いかける。あの様子であれば、恐らく山本は例の二人を救いに行くはずである。
ゲッケイジュは少し考え込んだあと、ため息をつく。
「行くぞ……」
「わかりました」
ヒイラギは彼に言葉に答えるように頷いた。
蓮田大学の近くの大通りは大騒ぎになっていた。
ジャラン、ジャラン。
錫杖の音を鳴り響かせて、迫る五つの影。それから逃れようと香川と戸川の二人は必死に走っている。
「な、なんであいつら俺たちだけを執拗に追いかけやがるんだ」
香川は息も耐え耐えにそう言う。
「車で挽いたことを恨んでいるのか?」
「なら、なんで、なんで石川もあいつらと一緒に追いかけてきてるんだよ」
五つの影の中に石川が頬がこけ、山伏の姿となって追いかけてきているんである。
二人が必死に逃げているところで複数のパトカーがやってくる。
「け、警察だ」
二人は安堵するように言った。
「お前たち。止まりなさい」
そう言いながら工藤を始めとした警官たちがパトカーから出てくるが、五つの影は止まらない。
「仕方ない。発泡準備ぃ」
そう言って工藤たちは拳銃を構えるが、
「はあ、はあ。なんだ急に息が苦しい……」
そこで工藤たちの様子が変化し始めた。身体が熱くなっていき、吐き気を覚え始めたのである。彼らは拳銃を落とし、倒れ込んでいく。
「な、なんでだよ」
倒れこむ警官たちの姿に二人は絶望の表情を浮かべ、口を手で押さえる。彼らとして体中が熱く、吐き気を覚えているためである。
「死にたくねぇよぉ」
戸川はそう叫び、足を必死に動かす。しかしここで香川がついに限界を迎え、倒れ込んだ。
「た、助けてぇ」
香川が手を伸ばすが戸川は少し振り返るも香川の傍に集まる影に恐れを抱き、そのまま逃げる。
「なあ、あんたら俺の親父は政治家なんだ。金でもなんでもやるからなあ……」
彼の言葉に答えることなく、彼らは香川を見据える。
「はぐれは許されぬ。あと二つ。我らは七つでなければならない」
「た、助けてくれよなあ。石川もなあ」
香川は石川にそう話しかける。しかし、それは石川ではないのである。
ジャラン、ジャラン。
「はぐれは足さねば、ならぬ。足さねば、ならぬ」
彼らは錫杖を振り上げ、香川に向かって振り下ろした。
香川の悲鳴が僅かにあがったあと、すぐに静かになった。そして、ジャラン、ジャラン。錫杖の音が鳴り響き、五つの影であったものが六つとなった。そう、香川が新たに加わったのである。
「はぐれはあと一つ。はぐれは足さねば、ならぬ。足さねば、ならぬ」
六つの影は走る戸川を見据えて再び駆け出した。
「ああ、香川まで……」
香川があいつらに引き込まれ、自分を追いかけてきている。
「な、なんでこんな目に」
ここで吐き気が限界に達し始めた。膝をつき、井の中の内容物を全て吐き出す。
「げぇ、がっはっはあ」
ジャラン、ジャラン。
六つの影が迫ってくる。
「ああ、ああ、あああああ」
彼らの姿を見据えて戸川は発狂する。もうここで自分は死ぬのだと思い、ただただ叫び声だけをあげる。
そこに赤いランプを輝かせて黒い車がやってくる。そして、そのまま車から男が飛び出した。
「そこまでだ。七人ミサキ」
山本タケは髪の毛の一本を抜くとそれを肥大化させ、槍のように尖らせるとそれを投げつけた。六つの影はそれに気づき、飛び避ける。
「七人ミサキ。これ以上の殺人は容認するわけにはいかない」
彼はそう言うと全身の毛を逆立てると、それらは針のように硬化し肥大化していった。彼は山嵐の子孫である。針のような毛を持ち。それを矢のように飛ばすことができる。
二本の毛を抜き、山本タケは構えて七人ミサキに挑みかかった。
「ちっあのバカが」
ゲッケイジュは車から降りてそう呟く。
「助太刀に行きます」
ヒイラギは車から降りると山本の元に向かった。
七人ミサキたちは錫杖を持って山本の攻撃を防ぎ、錫杖に妖気を込めて山本の身体に叩きつける。
「くっ」
元々は強い霊力をもった山伏たちが悪霊と化したものである。その強さは尋常なものではなく、叩きつけられる度に鋭い痛みが身体を震わす。
(それに身体が怠く重い……)
妖怪の血があっても七人ミサキの影響を受けている。
「タケさん」
錫杖の攻撃をヒイラギが身体を張って防ぐ。
「ヒイラギ君」
「大丈夫ですか?」
ヒイラギは振り下ろされる錫杖を右手で防ぐも別の錫杖を腹に叩き込まれる。
「くう……」
ヒイラギは首なしの子孫である。そのため首から下は死体であるため通常よりも痛みは少ないが、妖力を込められた錫杖による攻撃である。中々に痛みが生じていた。
「こいつら身体に影響を与えるだけでなく、武力まであるなんて……」
ヒイラギの言葉に山本は頷く。
「全くだ。これでは退治するのも難しい」
「退治は無理ですよ。一人でも下手にやっては自分たちが取り込まれる対象になってしまう」
「なんとか退かせるだけでも……」
山本はそう言うが、
「それも無理だよ」
ゲッケイジュが七人ミサキと同じように錫杖を持って参戦し、言う。
「退けたとて、根本的な解決にはならない。山本、もうすでに多くの被害が出ているこれ以上はダメだ。さっさとあの男を差し出すぞ」
彼は戸川を示すものの、山本は同意しようとはしない。
「ダメだ」
「ダメだじゃねぇって」
ゲッケイジュはそう言いながら少し七人ミサキから距離を取る。
「イチかバチかだ」
彼はそう言うと懐に入れていた鏡を取りだした。
「雲鏡寺から借りた鏡だ。二人とも離れろ」
そう言って二人が離れると彼は七人ミサキに鏡をかざす。
「鏡よ。鏡。この者らを閉じ込めよ」
そう言うと鏡が輝き、七人ミサキを照らす。そしてそのまま彼らを取り込んだ、
「そんな切り札あるなら最初に言ってくださいよお」
ヒイラギは脱力しながらそう言った。
「成功するかどうかはイチかバチかだって言ってるだろ。いいかタケ。これで失敗したらもう諦めろ」
まだ、彼は封じ込めに成功できたと思っていない。なおも警戒を強める。それに呼応するように鏡からはなおも妖気が漂っている。やがて鏡が震え始める。
「ちぃ」
ゲッケイジュは舌打ちするとそのまま鏡を空に投げた。
「やはり失敗だ」
そう言った瞬間、鏡に亀裂が入った。そのまま六つの影が鏡から飛び出し、鏡は粉々になった。
「鏡の迷宮に閉じ込めよう作戦は失敗。タケ。もう諦めろ」
「だが……」
なおも諦めようとしない山本にゲッケイジュが声を荒らげようとした瞬間、強い光を発したものが前方より迫ってきていた。赤いスポーツカーである。スポーツカーはブレーキーをかけるが、七人ミサキの一人をそのまま跳ねた。
空を舞った一つの影が地面に叩きつけられるとにやりと笑い、消えていった。
ジャラン、ジャラン。
「はぐれがまた、生じた。足さねば、足さねば、ならぬ」
七人ミサキの一人がそう発した瞬間、スポーツカーから降りる二人の男女を見据え、襲い掛かりに動いた。
「やらせん」
山本は毛槍を飛ばそうとしたが、それをゲッケイジュが止める。それを山本が睨みつけた瞬間、
七人ミサキによって二人の男女は殺害された。
ジャラン、ジャラン。
錫杖の音が鳴り響く。
「これではぐれは無くなり、我らは七つとなった」
ジャラン、ジャラン。
男女の山伏が加わり、彼らは七つとなった。
ジャラン、ジャラン。
やがて彼らは静かに歩き出す。
それを見て、ゲッケイジュは道端に鳥居のような印をつける。
「お前たちが歩むべき道はこっちだ」
そう言って示すと七人ミサキは静かにその印の方へとゆっくりと進んでいった。
ジャラン、ジャラン。
錫杖の音を鳴り響かせながら、歩き続ける。いつの日か許されるその日まで……
「良かったな……」
ゲッケイジュは山本に向かってそう言う。
「お前は戸川を守ることができた。尊い二人の犠牲を出してな……」
彼は山本の胸を軽くたたくとスマホを取り出し、雲鏡寺の住職である雲海に電話をかける。
「よう、婆さん。あっ。こんな夜ってまだ八時ぐらいだろうが……それよりもどうも八体の修羅地蔵が倒さてしまったようで、手配の方を……」
その後をヒイラギが山本に頭を下げたあと、追いかける。
山本は身体を元の人間の姿に戻しながら二人の姿を複雑そうに見送り、戸川を見る。
戸川は恐怖のあまり身体を縮こませて、親指を口に咥えている。
「救ったと言えるのだろうか……」
そこに口を抑えながらフラフラと工藤が近づく。
「せ、先輩。どうなったんですか。なんか身体が突然、怠くなって動けなくなって……それで……」
「香川は殺害されたが、その遺体はどこぞに消え去り、戸川は精神に異常が見られる状態で発見した」
「そ、そうですか……うっぷ……」
工藤のふらつく身体を支えながら山本は戸川も抱え、歩き出した。
胸にもやもやした思いを抱えながら……
その後、この事件は淡々と処理され新たな未解決事件として記録されることになった。ニュースも今はこそは様々な憶測が述べられているものの、やがて落ち着いていくことだろう。
生存者である戸川は精神病院に入れられ、治療が試みられているものの、回復の兆しはあまりなかった。
被害者である石川、香川の両名は近親者によって静かに葬式が行われたという。
七人ミサキのために設置されていた八体の修羅地蔵は雲鏡寺の住職・雲海の手によって再び設置された。これによって倒されたりしなければ、七人ミサキが暁月市の元に再びやってくることはないだろうとのことであった。
「今回は迷惑をかけた」
山本は暁月市名物の髑髏饅頭と暁月羊羹と金一封と書かれたものをゲッケイジュに差し出す。
「金はいらん」
不機嫌そうにゲッケイジュは髑髏饅頭と暁月羊羹を受け取り、饅頭を取り出して食べ始める。
「全く、お前は俺の忠告は無視するからよう。こちとら借りた鏡を壊してしまったから雲海の婆さんに苦情を言われたんだしな」
恨み言を述べる彼に山本は言う。
「だから金一封をだな」
「仕事の契約をしたわけではないのに受け取れるかよ」
ゲッケイジュはそう言ってから最後に付け加えた。
「次はねぇからな」
その言葉に山本は静かに頷く。ゲッケイジュは面白くなさそうに饅頭を口に放り込み。言った。
「上手いなこの饅頭」
「老舗の和菓子屋で買ったんだ」
「へぇどこのだよ」
そんな彼らの会話にヒイラギは安堵するとお茶を入れ始めた。
ジャラン、ジャラン。
七つの影は歩き続ける。
ジャラン、ジャラン。
それが彼らに与えられた業だからである。
ジャラン、ジャラン。
彼らは七人ミサキ。許しの時が来るまで彼らは歩き続ける。
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