第2話 水鏡 前編

「ふわあ」


 首藤ヒイラギは欠伸をしていた。今日は蓮田高校の始業式である。そのため全学年の学生が体育館に集まっていた。


「おいおい眠そうだな」


 友人の羽吹ハギが後ろから話しかけてきた。


「まあね……昨日の仕事が長引いちゃってね……」


「ああ、事故物件の仕事だろ確か」


 そう、昨日のバイト先である事務所での仕事の内容が事故物件で起きている怪異についての調査であった。そのため昨日一日、事故物件で泊まらされて調査することになった。


(それで地縛霊が出てきて本当に大変だった……)


 まだ強力な地縛霊でなかっただけ良かったが、地縛霊を成仏させるのに時間がかかり一睡もできなかった。


 首に特別に巻くことの許されているマフラーを撫でる。


「明日は始業式だからって言ったのになあ」


「本当、あの人って人使い荒いよな」


 ハギの言葉にヒイラギは頷く。


「本当だよ」


 ヒイラギはため息をつく。つい最近、、新たな身体を得るために上司であるゲッケイジュに骨を折ってもらったため逆らうこともできない。


「そこ、私語を慎みなさい」


 そこに女性の声が聞こえた。


「げっカエデだ」


 ハギの反応にカエデが目を尖らせる。


「何が、げっよ、あんたらが私語しているから私は……」


 そこまで言って周りの目に気づき、彼女は黙る。


 彼女の名前は糸川カエデという。同じ事務所でバイトしている仲である。ヒイラギは申し訳ないという風にするとカエデは仕方ないわねという表情を浮かべる。


「カエデを怒らせないでくれよ」


「わかってる。わかってる……」


 ハギはそこまで言ったところで、目を細めた。


「どうした……」


 ヒイラギは彼の視線の先を見ると、始業式で生徒会長である佐藤孝介がスピーチするところだった。


「生徒会長の死相が見える……」


「死相……」


 ハギの言葉にヒイラギはまじまじとスピーチを始めた佐藤を見る。その瞬間、佐藤の首に切り込みができた。


「なっ」


 佐藤の首から血が噴き出していく。それに驚き、止めようと佐藤は首元に手を当てようとするが、切り込みは段々と大きくなっていき、遂には首が取れた。


 そのまま首が床に落ちて転がり、首を失った身体から大量の血が噴き出しながら倒れ込んだ。


 体育館に絶叫が木霊する。教師たちは動揺する生徒たちを落ち着かせ、体育館から立ち去らせていき、一部の者は警察へと連絡する。


 そんな中、蓮田高校の校長にして、蓮田小学校、中学校、高校、大学の創設者である黄金崎マーガレットが自分たちを手招きしていた。


「嫌だな」

 

 また、変な事件に巻き込まれそうである。


「そうも言ってられないでしょ。普通の学生生活を与える代わりに蓮田学園で起こった事件の解決に協力する。それがゲッケイジュさんが私たちのために結んだ契約なんですから……」


 カエデはそう言ってマーガレットの元へ向かっていく。


「行こうぜ」


「ああ……」


 ハギの言葉を受けてヒイラギは首元のマフラーに少し触ってからクラスメイトに気づかれないように向かった。


「全く、困ったものよ。私の学園でこんなことが起きるなどあってはならないのです。早く解決なさい」


 マーガレット校長は見下しながら


「できる限り善処しますよ」


 ヒイラギはそう答えてから佐藤の遺体の傍で屈み、手をかざしているハギに近づく。


「どう?」


「『なんで……どうして……』これしかわからない。一瞬すぎて何か考えるほどの余裕がなかったんだろうな」


 ハギは舌打ちする。彼が言った『なんで……どうして……』という言葉は死んだ佐藤の最後の言葉である。なぜ、彼がその佐藤の最後の言葉を聞くことができるのかと言えば、ハギが妖鳥・以津真天の半妖の子孫だからである。


 以津真天は鎌倉から戦国時代にかけて現れた妖鳥で、「いつまで~」という鳴き声をし、放置されている遺体の周りを飛んでいたという。


 ハギはその妖鳥の力こそ薄まっているが、死者の言葉を聞くことができる。しかし、今回の死者である佐藤は死ぬまで無念を残すほどの強い意思を持った状態で死ななかったため、死の間際の言葉しか聞き取れなかったようである。


「ねぇ流石に何かの妖怪や怪異によるものではないわよね。この辺りの浮遊霊にこれほどのことができるとは思えないし」


「それだったら俺たちももっと早く気づけているはずだからな……」


 カエデの言葉にハギは答える。


「じゃあ呪いによる呪殺だろうか?」


「恐らくそうだ。僅かに呪力を感じる。しかしこんな首に刃物で切られたような跡を残しながら殺す呪いというものを聞いたことも見たこともない……」


「ハギがわからない呪いの可能性もあるのね。情報が足らないわね」


 自分はこういう手合いでは無力であると思いながらカエデは唸る。


「そろそろ時間よ」


 そこでマーガレットが言った。


「警察が来るわ。生徒に遺体をまじまじ見せているなんて知られたら学園の評判に関わる。さっさと戻りなさい」


「わかりました」


「早く解決なさいよ。そのためにあなたたちを置いてあげているんだから」


「わかってます」


 ヒイラギは二人を連れて体育館から離れた。


「くそ、あの校長め……」


「まあまあ」


 ハギは体育館を離れてから毒づくのをヒイラギは落ち着かせる。


「しかし情報がなさすぎるわ。『なんで……どうして……』という言葉と首を刃物で切られたような跡があるというしかない」


「最後の言葉からわかるとすれば、驚きの感情が強いって感じかな」


「自分が死ぬってなったら誰でも驚くでしょう……全くわからないわね」


 三人がそう会話しながらクラスへと戻る途中、別のクラスから女性が泣いているのを周りがなだめているのを見つけた。


「あれは?」


「確か佐藤君の彼女の安藤夏江さんじゃない?」


 黒髪が印象的な女性である。その彼女が佐藤の死を悲しむように泣いていた。


「絶対に仇を取らないとな……」


 ハギはそう呟いた。











「で、俺にアドバイスを求めに来たと?」


 事務所のデスクの前に三人は並んでいるのをゲッケイジュは見ながらそう言った。


「今回、あまりにも情報がなさすぎて、恐らく何らかの呪いを使ったものだと思っているんですが、どんなものなのかは……」


「当たり前だ。流石の俺でも呪いの内容に関してはお前たちが知った情報だけで知るには足らなすぎる。それよりもお前たちはその佐藤とやらが恨まれるような類のものは知らないのか?」


 確かにあの奇妙な状況を作り出すものにばかり考えが至っていたが、なぜ彼が殺されることになったのかを考えてはなかった。


「佐藤は生徒会長として責任感があり、生徒会長を選ぶ際での選挙でもぶっちぎりで当選するほど、信頼もされていたと思いますね。真面目で勉強も運動もできる人だったと思う」


 カエデはクラスでは委員長を勤めているため、佐藤とは会話したことがあり、彼の人となりは知っていた。


「金銭関係は?」


「彼の家は裕福で、金で困っているような話は聞きませんし、金の貸し借りをしているような話も聞きません」


「交友関係は?」


「友人は多いですね。仲が悪いという人は聞いたことはありません」


「女性関係は?」


「恋人に安藤夏江という子がいるのは知っているけど……」


 ヒイラギがカエデを見る。


「安藤さんとの仲は良かったと聞いているわ。安藤さんも真面目で勉強のできる子よ」


「ふむふむ……恨まれたりする要素も無い……そんな男が呪いという形とは言え、殺されることになったか」


「う~ん調べようが無いってのが本音じゃないですか。これ」


 ヒイラギがそう言う中、ゲッケイジュは難しい顔をしつつ、ハギの方を見る。


「僅かに呪力は感じたんだんだよな?」


 ゲッケイジュの質問にハギは頷く。


「ということは丑の刻参りのような遠隔による呪いの可能性はあるな。しかし、丑の刻参りの場合は段階を踏んでいく呪いだからなあ……そもそも今回の呪いは即効性が強すぎるな……」


 彼はそう呟くとカエデに聞いた。


「何日か前から調子を崩しているとかは無いのだな?」


「いえ、そう言う話も聞いたことありませんね。始業式の時も顔色が悪い感じはしませんでしたし」


 ゲッケイジュはそれを聞いて黙り込む。遠隔で呪いによる呪殺を行っているため丑の刻参りのようなものと考えたが、今回は対象者を呪殺までの流れが早すぎる。


「呪いによる呪殺は強力なものでも時間をかけるのが多いのはなぜだと思う?」


「確実に殺すためではないでしょうか?」


「違う。『人を呪わば穴二つ』と言うだろう。人を呪えば、その呪いは自分にも向かう。それだけリスクがある行為なんだ。呪いをかけるという行為はな。まあ人ってやつは他者を呪わなければならない性分でな。そのリスクを少しでも軽減するにはどうすれば良いのかと考えるのだ。丑の刻参りが有名なのはその0呪殺におけるリスク軽減に成功しているためであると言えるだろう」


 ゲッケイジュの言葉にハギは言った。


「確かに丑の刻参りは色々と準備するものや実行するまでルールが課せられていますからね。何より、何日も行うにも関わらず、それを人に見られてはならないというきつい縛りがある」


「そうだ。それほどの厳しい条件をクリアしておきながら丑の刻参りは時間をかけている。しかし、今回は明らかに一撃必殺に近い呪殺だ。これはリスク軽減を目指して作った呪殺の類とは違うようにに思える」


「では、今回の件は呪殺ではないと?」


 カエデの言葉にゲッケイジュは首を振る。


「いや、呪殺だろうさ。恐らく今回のは本来の用途の違うものを使ったのではないかということさ」


「つまり呪殺のためのものではない何かしら別の用途のものが呪殺のために行われたということですか?」


「まあ仮説に過ぎないけどな」


 ゲッケイジュは両手を組んで顎を乗せながらそう言った。


「それで別の用途のものだったとして、それはなんでしょうか?」


「うなもん。わかるか。情報がなさすぎる中での仮説に過ぎないからな。ただ……」


「ただ?」


 カエデが首を傾げる。


「これを行った相手がこの一回で満足するのかだな……」


「つまり連続殺人になると?」


「最初の一回はお遊びか。偶然によるものだったのではないかと思う。それが成功してしまったんだ。それに恐れを抱くのか。それとも自分が行った行為に酔うのか……」


 そこまで言ってゲッケイジュは笑った。


「さて、今回の相手はどちらかな?」














 翌朝、三人は一緒に蓮田高校に向かっていた。


「ゲッケイジュの旦那は連続殺人が行われる可能性があると言っていた。本当に起こるだろうか?」


 ヒイラギの言葉にハギは眉をひそめる。


「そんなこと起こさせるわけにはいかないだろう」


「そうは言っても正直、止めようはないでしょ」


「それでもよ……」


 カエデの言葉にハギは答えつつも難しいことを理解しているのか口をつぐむ。


「ゲッケイジュの旦那はこうも言っていた。何回か行えば、逆に尻尾を掴みやすくなるって」


「それはそうだがよ」


 ハギは頭をグシャグシャにかく。


(ハギは死者の声を聞くことができるだけに肩入れが強い……良いところであり、悪いところでもあるよね……)


 しかしながらいつの間にか失った人らしさというものであろう。と、首元のマフラーを撫でながら自嘲した。もはやそれは自分が失いつつあるものだからである。


 ヒイラギたちが校門のところまで来ると校門の近くまで来ていた二人の男の姿が見えた。どちらも見覚えのある人物で、確か田中静流と佐々木次郎という名前であったはずである。


 そのうちの一人である田中がふいに首元に手を当てたのが見えた。それを見て、隣にいた佐々木は驚愕の表情を浮かべているのを見た。


 それを見たハギはカバンを落とし、二人に向かって走り出す。


 段々と田中の首に切り込みが入っていき、やがて彼の首は地面へと落ちた。佐々木は彼の血を浴びながら地面にへたり込む。


「くそっ」


 ハギは田中の遺体に駆け寄り、遺体に手をかざす。


「頼む。なんでもいい。お前が感じたものを聞かせてくれ」


 彼の言葉に答えたのか。どうか。彼の脳裏に水面が漂っているイメージが飛び込んだ。更にそこから声が聞こえた。


『なんで……君が……』


「誰かが見えたのか……」


 ハギは田中の顔を見る。驚愕の表情を浮かべていた。


「ありがとう。お前が伝えた言葉で、お前の無念を晴らして見せる」


 ハギは呟くように言って田中の目を閉じさせた。


 ヒイラギが佐々木の介助を行い、カエデはハギに近づいた。


「何か見えた?」


「水面のイメージと『なんで……君が……』という言葉を聞こえた」


「『なんで……君が……』って……」


 カエデは佐々木を見る。しかし佐々木は田中の死に動揺しっぱなしで明らかに田中を殺したとは思えない。


「佐々木ではない。田中が見ていた方向は佐々木ではなかったしな……誰かまではわからないが、田中は何者かを見たんだ。しかし、水面のイメージがわからない」


 カエデはそれを聞いて、スマホを持ってゲッケイジュへと連絡した。


『なんだ……こんな朝早くに……』


「また、同じような事件が起きたんです」


『ほう……』


 先ほどの眠そうな声から興味深そうな声に変わった。


『それで何か新しい情報があるか?』


「ハギが亡くなった者の声とイメージを見ました。声の方は『なんで……君が……』、イメージの方は水面のイメージが見えたそうです」


『対象者が実行者の姿を見ることができたということか。それに水面か……』


「心当たりがあるんですか?」


 カエデはゲッケイジュの反応にそう問いかける。少し無言になってからゲッケイジュは少し笑ったような声を発した。


『ははっ、もしかするとあの話を何処かで知って、使ったのか。面白いな』


「あれってなんですか?」


 笑うのはいつものことである。ゲッケイジュは決して善人ではないことをカエデはわかっている。


『都市伝説って信じているか?』














 

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