エピローグ
「そういうわけで組織もなくなり私は晴れてフリーの分析官となったわけだよ。一人じゃ何も出来ない弱者だからね。こちらに身を寄せさせてもらうよ。」
悲観的な内容のはずだがその顔はいたって普通の笑顔だ。朝礼で挨拶をする町工場の社長のように明るい。その瞳の奥に邪悪な光を見つけるのは至難の技だろう。
「組織を潰して遺産をかっぱらってきた、の間違いなんじゃないですかねえ。」
女科学者は視線を合わせずに答える。その目は眼前の監視カメラの映像に注がれている。モニタの中ではそこかしこから血を流した青年が目の血走った筋肉質の男に盛り上がった下腹部を押し付けられている。
「今日から同僚なんだ。もう少し親切にしたってバチは当たらないだろう。」
分析官を名乗る男がなじるように返す。
「その親切をバールでこじあけて毒をたっぷり流し込むような人間がよく言うわ。」
女科学者の表情はさらに温度が下がり氷点下に達したようだ。画面の中ではいつの間にか人間は青年一人になっており、筋肉質のほうはただのバラバラの筋肉へと変わっていた。青年はカメラを斜めから睨めつけるように見据え「ゴミかよ。」と一言呟いて画角の外へと消える。
それを見て笑うのは分析官、一川誉。
「首輪の情報ももらったし、次の手考えますかね。」
彼の笑みには誰の犠牲がつきまとう。
「須磨君から報告は受けている。私がいない間立派に部隊を指揮してくれたようじゃないか。」
報告業務なども一段落し、支部にもやっとゆるやかな空気が戻ってきた頃、永山が支部長室で友氏と話している。
「いえ、作戦を立てたのは永山さんですし。僕はそれをただ動かしていただけで。」
縮こまる友氏を前に満足げな永山。まるで仲の良い叔父と甥のような関係に見える。
「そんな君を見込んで頼みがある。正式にエージェントとして契約し、ある支部へ出向いてほしい。これは君のためにもなる、と言えば嘘かもしれないが悪いことではないと信じてほしい。」
真面目な表情を取り戻し、永山が告げる。
「そう、ですね……少し考えさせてください。」
友氏の表情もいくらか険しさを取り戻すが、拒否感は感じられなかった。
「僕からも一つだけ。」
「なんだね?」
意外な話の流れに永山が首をかしげる。
「永山さんが変電所で会っていたのは誰なんですか?そこで一体何を話したんですか?報告書の記載が不自然すぎます。真実を教えてください。」
永山の顔が一気に険しくなる。何かを言い出そうとしては口元に手を当て考え直す。3度繰り返された後やっと言葉が絞り出される。
「いや、やはり隠しておくことはできないか……それについては他の皆も知る権利がある。皆を集めてくれ。」
彼らの本当の戦いはまだ始まってすらいなかった。
「私は次こそ母になる。母であり続ける。ここから始める。ここが全てとなる。」
ピアノをバックに女が一人宣言する。聖母の笑みで天井、その先の天を見上げる。教会の外には平穏な空気が広がる。それが何によって維持されているか、知る者はわずかしかいない。
「隊長、例の人食い集団発生の件、片付いたそうです。」
黒いスーツに身を包んだ男が報告する。
「ああ、今永山の報告書を読んでいる。しかし……何か引っかかるな。」
椅子に座ったまま隊長と呼ばれた女が対応する。その目にはこれから来ると思われた平穏な日常は映っていない。
「たいちょー!俺らの出番ないの?」
「こら!隊長の考え事の邪魔しない!」
「大声も邪魔になるんじゃないかな?」
まだ年端もいかぬ子供たちがあれやこれや言い合っている。この支部は多くのチルドレンを抱えているようだ。
「うるせえぞガキども。」
「考えの邪魔する。よくない。」
さらにドアを開けながら筋肉質の男とニット帽が入ってくる。騒がしさを増す部屋の中で隊長は思考し副隊長は歩き出す。これは終わりではない、始まりなのだと。
「私達はもう死ぬしかない。だから、殺す。」
短髪の女が闇に咆える。
「そんなこと言ったってさー仕方ないじゃん。楽しくやってこうよ、死ぬまでは。」
「もう少し感情をコントロールした方がいい。リソースの無駄。どうせ皆滅ぶ。」
両脇から現れた褐色と色白の二人の女がそれぞれに答える。一見なんの繋がりもないような三人に共通するのは『自分達は死ぬしかない』という認識だけだった。
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