第十四章 明日/アース

 一人変電所に残された永山の全身は汗でじっとりと湿っていた。一通りの条件を出し終え、十分な返答を得ると一川は去っていった。そのやり取りで自分が"何を奪われた"のかすら分からないままであったが、頭を振って気持ちを切り替える。まずは目の前の任務を終わらせなければならない。今日を乗り越えなければ明日には辿り着けない。

 変圧器の制御盤に小型の爆薬を仕掛ける。これではどちらがテロリストかわからないがやむを得ない。カバーストーリーはおそらく統括が用意してくれるはずと信じる。現状ではそこまで頭が回らないため最短で事件を片付けることこそが使命、と自らに言い聞かせスイッチを押す。背後で爆破音、それに続いて構造物が倒れる音が重なる。暗闇に響く警報音を聞きながらすばやく敷地裏に止めた車へと向かう。一川の出現で作戦予定時刻を過ぎてしまっているのが気にかかる。

「間に合っただろうか……須磨君、そちらの様子はどうだ?」

 通信を開いて須磨に問いかける。しかし返ってきたのは須磨の絶叫だった。



 流れるような動きでSHINに近づくAIを止められるものは何もなかった。それはSHIN本人ですらも同じだった。もっともSHINにとってその突進は反応できないものではなく、またAIに対する攻撃を躊躇ったなどという感傷的な理由でもなかった。もっと別の要因、それはつまり突進とほぼ同時に辺り一帯の電力供給が途絶えた事に対する驚きによるものだった。

 予想外の事態に思考を巡らすSHINの両腕を掴み、自らの頭に当てる。AIに触れているSHINの手のひらから電流が迸る。AIの顔が一瞬苦痛に歪むが次の瞬間には元の気丈さを取り戻す。

「馬鹿な……」

 SHINは自らの手を彼女の頭部から引き剥がそうとする。どういう理屈かわからないが電流を吸われている。電力の供給が断たれた今、無意味に電力を引き出されては生命活動の低下に直結する。

「今のあなたなら私を理解さわからせられるんでしょう?」

 SHINには彼女が何を考えているかは理解できなかった。 しかし自分が何をすべきかは解った。SHINは両の掌から出ている電流の出力を上げる。この女が言うことを聞かぬのなら自らの能力で言うことを聞かせればいい。何よりSHINはAIを自分のものにしたいと強く思っていた。

 やがて電流の放出が止まる。手足の痙攣したAIがその場に崩れ落ちる。 

「これでこいつは私のものだ。私はこの力で全人類を理解させる。それこそが目指すべき到達点。AIよ、お前のおかげで理解が進んだ。お前は私と出会うために生まれてきたのだ!」

 言葉を受けたAIがゆっくりと立ち上がり友氏たちを順に見据える。その顔は笑っていた。それは覚悟を決めた者の凄絶な笑みであり、チルドレンとしていくつもの修羅場を越えてきた天野ですら怖気を感じるようなものだった。そして、ゆっくりとSHINの方に向き直りAIが告げる。

「ええ、理解しわかったわ。あなたは一筋の雷光、人の世を照らすこともできた。でもその炎は自らを灼いてしまった。そして私は一筋の水、流れて消えるだけの存在をあなたがここに焼き付けてくれた。」

 AIが一歩、SHINに近付きその手を伸ばす。

「でも、もう二人とも終わっているの。還りましょう、二人で。」

 言い終えるとAIの身体の輪郭がぼやけ人の形が崩れてゆく。伸ばされた手も何にも触れることなく地に落ちていく。

「さようなら、天野さん、みなさん。」

 それを最後にその形は原形を留めず一つの水たまりのようになる。その直前までAIであった水たまりが蠢きSHINの足元にまとわりつくことで電気が流れる。

「何故だ! わからぬ! わからぬ!」

 身をよじり抵抗するが水たまりは離れない。電気エネルギーが熱エネルギーに変換され、徐々に水たまりが蒸発していく。そして体積が半分ほどになったところで不意にぱしゃんと地面に落ちて、ついにそれきり動かなくなった。

「何が起きている? 状況の説明を。誰か。」

 通信機越しの永山の言葉だけが3人の耳には響いていた。

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