第十三章 伝えるもの

「よう、なんか探しもんか?」

 変電所の施設内に軽薄な声が響く。既にワーディングによって無人化されたはずの空間においてそれは限りなく敵襲と同義。不意に話しかけられた永山は飛び退りながら振り向く。しかし声の主はその場から動かず話を続ける。

「おいおい、先輩に向かってその態度はないんじゃあないか。永山君よお。」

 そう言う一川の顔に不快感はない。むしろこんな場でなければ新製品を売り込みに来た馴染みの営業マンのように見えたことだろう。状況と言動の不一致が不気味さを感じさせる。

「あなたは元、先輩です。そしては今は敵です。予想していなかったわけではありませんが……やはり避けては通れませんか。」

 永山の声が覚悟の色合いを強く帯びる。そしておもむろにアタッチメントを首元に当てると変身動作へと移ろうとする。対する一川は両手を上げ戦う意志はないことを示す。

「あー待て待て。今回は交渉に来た。私は戦闘は得意じゃないんだ。まして元とはいえ仲間を食ったりはしたくはない。」

 事実、ブラフ、大嘘。器用にそれらを混ぜ合わせ永山の頭脳に負荷をかける。仲間という部分を強調して話されたことで嘘とはわかりながらも躊躇いが生まれる。”もしやこの人とは交渉が可能なのではないか”、その誘惑が変身という境界線を越えることを留まらせる。しかしながら永山の理性は正解にたどり着いた。

「……その交渉に乗る理由がありません。」

 アタッチメントを握る手に力が入り湿り気を帯びてくる。永山はいつでも変身できる、という覚悟を持って対峙していたが、それは一川にとって”変身できるのにしなかった”という異なる解釈を生み出させた。

「だったら何故変身しない? 何故問答無用で襲いかかってこない? それはつまり『条件次第で取引に応じる』と心の内では思っている。そうだろう?」

 絡め取られた永山は苦悩する。一川と交渉するというのは悪手だ。どう転んでもこちらが不利になる条件を、気づけば腹一杯に飲まされることだろう。しかしここに来ることが読まれていた以上、戦闘となればあちらは伏兵が控えているかもしれない。周囲にそれらしき気配は感じられないが否定できる要素はない。それに比べてこちらは単騎、応援も要請できない状況だ。何より本来やるべきコトが遅れればそれだけ仲間に被害が出る可能性が上がる。交渉に乗ったフリなどで誤魔化せる相手ではない、不利を承知で乗るしかないのか。

「考えるべきはそこじゃない。交渉にどういう条件を出すか、だろ?」

 呼吸が止まる。気付けば一川が先程よりも近くで話しかけている。最初に不意をつかれた時点でもはや相手のフィールドに乗ってしまったと見るしかない。石のように重い唇からなんとか声を出す。

「……そちらの条件はなんだ。」

 一川の口の端が持ち上がる。これまでの営業用の笑みとは異なる、心からの邪悪な笑みがその顔には張り付いてた。永山の背に悪寒が走るが一度口から出したものは飲み込めない。彼にできるのは交渉において奪われるものをできるだけ減らすことだけだった。

「色々あるんだがな、一番大きいのはうちのボスを殺してくれって件だな。」



「手応えはある! しかし何故未だ我が正義の炎に屈しない!? 巨悪とは貴様のような者を言うのか!」

「ジャスティスさん、突出し過ぎです! 一旦引いて!」

「こんなチマチマ削るの私の性に合わないんだけど!」

 テレビ塔では激しい戦闘が続いていた。壁をぶち破り外壁を登り、今は地上五十メートル、鉄塔の骨格部分を足場に三対一の構図。SHINの動きに順応してきた”吊られた男”隊の面々はなんとか連携を保っていた。しかし戦力差は明らかであった。有限の三と無尽蔵の一、どちらの命が先に尽きるかは全員が暗黙の内に理解していた。

「ふむ、お前たちはこの身体ですら有限なのか。実験の際には考慮せねばな。」

 無限の雷人は誰に聞かせるでもなく呟く。ここに至るまで友氏達は幾度となくSHINに傷を負わせてきた。しかし今の彼には傷一つない。傷を受けるたび塔に流れる電力を吸い上げ己の一部とし常に百パーセントのスペックを振るうことができた。一方”吊られた男”の面々は紫電に灼かれては蘇りを繰り返し、内なる衝動が理性と拮抗するほどに追い詰められていた。

 天野のバイサズとしての本能が只野を捕食対象と認識した時、同時に只野が悪を倒せぬ自らを悪と断罪しようとした時、さらには友氏が内なるレネゲイドの囁きに負け逃亡を考え始めた時、奇跡は起きた。あるいはそれは奇跡などではなかったのかもしれない。ただそれは蝋燭をかき消す瞬間をスローモーションで見てしまった者が後から振り返った感想でしかなかったのかもしれない。しかしその場その時においては奇跡としか言いようのない出来事が起きた。ひとつの命を犠牲に。

「誰か!AIさんを止めて!」

 須磨の声が全員のインカムに響き渡る。しかしその声に反応できるものはいなかった。皆が呆然と視線を送る中AIが全員の心を殴りつけるような大声で叫ぶ。

「あなたを信じる心は変わらない! だから! あなたの心を、想いを私に伝えて!」

 突如変身したAIがSHINに真っ直ぐに突っ込んでいく。その姿は透明で輪郭があやふやでそれでいて密度のある、まるで雷に撃たれて弾け飛ぶしかない一滴の水滴のようであった。

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