第十二章 再会
翌日正午。”吊られた男”隊の面々は再びテレビ塔の前に集結していた。日中の活動は一般人への露見リスクが高く、夜を待ったほうがいいのではないかとの意見も出た。だが永山はあえてそれを却下し白昼堂々の出動を命じた。早急な対処が必要というのが第一の理由であったが、作戦上の理由もあった。
「相手が電気を食う以上、あちこちで電気を使ってる時間のほうがアッチが使える電力が少ないってわけね。」
手元のデバイスに映し出される作戦概要を再確認しながら感心したように天野が言う。独り言のつもりだったが思ったより音量が大きかったようだ。
「ふむ、我が心の炎と違って外部から入手しなければならないとは軟弱者よな。」
わかっているのかわかっていないのか微妙なラインの只野が相槌を打つ。天野の顔が露骨にイヤそうな気配を帯びてくる。もし只野が空気の読める日本人であればそこから「あんたは黙ってて」というメッセージを読み取れたであろう。
「では、天野さん、只野さん、そしてAIさん。作戦通りに行動をお願いします。もしAIさんへ危険が向けられた場合は僕が対処に入ります。須磨さんはAIさんの周りの警戒を重点的にお願いします。」
顔に書かれたメッセージが声として表れる前に友氏が指揮を取り全員の意識をテレビ塔へと向ける。歩き出した四人の周囲では数人の一般人が惚けたように立ち尽くしていた。今回はあえてAIにワーディングを使わせることで敵にその存在をほのめかすための作戦であった。
「AIさんのワーディングは優しい感じね。どこかの正義一直線バカと違って。」
天野の嫌味になぜか誇らしげな只野と、自分のやったことの詳細がつかめず不安げなAI。感覚として理解はしていたがこうやって実際にワーディングを使うのは初めてなので無理もない。慣れない事をしたAIを和ませようという意図もあったのだがあまりうまくいっていないようだ。テレビ塔内部は昨日の今日であったためある程度の戦力が配置されているかと予測されたが、特に警備のようなものは見当たらない。猶予ができた天野の口が次第に普段の滑らかさを取り戻す。
「そういえばこの辺りにね、おすすめの紅茶のお店があるの。優しい味だからAIさんも気にいると思う。そこのスコーンが絶品なの。今度一緒にどう?」
急に緊張感のない話題を振られてAIは困ったようにうなずく。この緊迫した場面で世間話ができるほど場慣れしていないのだろう。その後も天野のお誘いは続いたが、AIは曖昧に首を振るだけだった。そうこうしている内に誰に会うこともなく、昨日扉が隠蔽されていた廊下に出た。しかも今日は隠蔽すらされておらずひと目で扉があることがわかる。
「ここ、よね?これまで妨害も隠蔽もなかった。もしかしてもう既にもぬけの殻ってことはないわよね?」
「あれだけの機材を1日も経たず全て運び出すなど不可能だろう。それに支部長によれば立地こそが重要なのだからますます移動するとは思えぬ。」
天野のちょっとした疑問に大真面目に只野が答える。筋の通った回答であるがそれが只野の口から出てきたことにイライラを隠せない。只野は天野のことを最も自分に近い仲間だと思っているが、逆は必ずしもそうではない。
「それくらいわかってるわよ!」
怒りが沸点を超え不用意に大声を出した天野を友氏が制しようとするが、その前に別のところから声が返ってくる。
「私がここを動かないという分析は正しい。しかし理由については間違っている。私は君たちを待っていたのだ。ここまで言わねばわからぬとはやはり言葉とは不便なものだな。」
ゆっくりと扉が開き、ため息とともにSHINが姿を表す。居並ぶ顔を順に見ていき、その目がAIのところで止まる。そのAIはと言えば、一瞬のうちに表情が驚愕、感動、安堵と目まぐるしく変わっていく。
「やっぱり信、なんだね。」
そして口から出たのは確認の言葉だった。しかしそれに対する反応は彼女の予想したものとは異なっていた。
「私はかつて信だったもの、今はSHINを名乗るもの。」
ゆっくりと告げるその声色は暖かみのあるものではなかった。そして続く言葉に籠められた熱は愛ではなく悲哀の色を帯びていた。
「私はかつてお前を愛し、お前を殺した。今再びお前を実験にかけ、さらなる飛躍を私は得よう!」
実質的な殺害予告に顔を落として震えるAI。天野と須磨がフォローの言葉を考えるが何も出てこない。友氏もそれは駄目だと言いたいが声にならない。結局、最初に口を開いたのは他でもないAIだった。その声に恐れや迷いはなく、まっすぐにSHINの目を見て宣言する。
「あなたが望むなら私はいつだってそうするわ。でも、今のあなたはあなたが望んだあなたじゃない。まずはそれを取り戻して!」
「くだらぬ。もはや話すことなどない。」
それが開戦の合図となった。後ろに下がるAIを庇うように入れ変わりで友氏が前に出る。左後方からの天野の射撃による牽制を囮に右から只野が接近戦を挑む。爆熱を宿した拳が敵対者の胴を狙う。
「いくわよ!」
「トウ!」
対するSHINは遮蔽物を利用して射撃を遮り、只野にも電磁加速したボルトを放つ。亜音速で飛来するボルトを足に受け只野の動きが床に縫い留められる。
「フン、学習力というものがないのか?」
さらに雷槍がAIを狙うがこれはかろうじて友氏が防ぐ。攻撃を受けた部分から飛び散った血が高圧電流によって泡立つ。その光が照らす顔には焦り。初遭遇時に比べれば善戦しているがあちらは無傷、こちらは負傷二。このままの消耗戦では勝ち目がない。
「頼みますよ、永山さん……」
友氏の祈りは激しさを増す攻防に飲み込まれていった。
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