第十章 タワー
「本当にここで合ってるんですか?」
尋ねる天野の顔には不安少々と不審ひとつまみが載せられている。それに対し永山は力強く頷く。
「ああ、おそらく間違いない。我々はキーとなる要素の一つにしか気付けていなかった。そしてもう一つを彼女、AIさんが教えてくれた。」
永山の視線を受けたAIだが、その笑顔には疑問符がうっすら浮かんでいる。どうやら彼女自身もどの話がヒントとなったのか分かっていないようだ。
「キーワードは電気、そして電波だ。我々が前回敵と遭遇した工場。あそこには大小様々なアンテナがあった。そしてこの市内で最も効率よくアンテナを使える場所がここ……」
「テレビ塔!」
永山の説明に呼応するように天野と友氏が同時に声を上げる。只野は最初から分かっていたかのように深く頷いているがおそらく何も分かってはいない。
「おそらくこの件の首謀者はテレビ塔の電波を用いて何かを企んでいる。その何かがM.O.B.の量産であった場合なんとしても未然に防がなくてはならない。」
状況説明は続く。頷くだけの只野は無視して天野が手を挙げる。自分があんなジャームに劣っているとは微塵も思っていない。しかしその数で圧倒され、しかも突くべき隙が存在しないとしたら。それはこの世を地獄に変える恐るべき軍団と化すだろう。
「あんなのが大量発生したらいくら私達でも手がつけられないわ。そもそもそんな事ができる人間がいるんですか?」
天野の疑問はもっともだ。バイサズジャームという存在は最近発生が確認されたばかりの未知の存在だ。それを人為的に大量に作るなどおよそ可能とは思えない。しかし一方でそうして作られたとしか思えない敵と何度も戦っているのも事実である。
「それはわからない。だが状況は切迫している。敵の正体が掴めぬままなのは苦しいところだが何かあってからでは遅い。そのためにここに来たんだ。今すぐにでも踏み込まなければならない。只野君ワーディングを頼む。」
永山が踏み込むと言った瞬間突撃しそうになる只野に役割を与えて制する。
「ふむ、仔細はわからぬがこれから悪の首魁を叩くということだな。心得た。"我らが正義、いざ征かん!"」
只野の雄叫びが耳に届いた途端、警備員や通行人がその場に崩折れる。
「あいつのワーディングいっつも恥ずかしいからイヤなんですけど。」と文句を垂れる天野を「みんな覚えていないんだからまぁまぁ。」ととりなす友氏。それらを横目に見つつ永山は今度はAIへと話しかける。
「これ以上先は危険です。AIさんはここで待機していてください。」
永山にしてみれば当然の判断であるが、AIにしてみればここに来て待機などと言われては来た意味がない。あらゆる理屈を展開し食い下がる。
「でも、私は彼に会いに来たんです。会わなくちゃいけないんです。私なら一目で彼と分かるし、会話するにも適任なはずです。むしろあなた方こそ一体どうするつもりなんですか。」
困った永山は予備の通信機をAIに渡すと自分の通信機の方で須磨に呼びかける。永山と須磨、二人がかりで説得しなんとか同行を諦めさせることができたが、AIの顔は憮然としている。
「通信の内容は全部私のほうにも流してくださいよ。そしてもし危険がない事がわかれば合流、忘れないでくださいね。」
何度も念を押して確認され、その度永山が全力で頷く。やっと話が終わり他の者に合流する。
「なかなか芯の強い女性だね……よし、行こう。」
今度こそ只野を先頭として一行はテレビ塔内部に入っていった。
「何もないぞ。」
ポツリ、只野が言う。
「何も、ないわね。」
自然、天野も口を揃える。
「何もなさ過ぎる……」
永山も同様の感想が口から漏れるが意味合いが違う。彼だけはその異変に気付いていた。怪しいものがなさ過ぎる。普通ならあるであろう手入れの行き届いてないための汚れや、経年劣化による歪みすらない。普通ならなんの引っ掛かりも持たずに見過ごすような部分が、引っ掛かりを探しに来たがために上滑りし続けているような奇妙な感覚。
「友氏君、君はオルクス持ちだったね。領域による隠蔽の可能性は?」
永山に言われた友氏が何かをこらえるような顔をするが、一瞬で元の表情に戻る。その顔の意味を知ることのできる者はこの場にはいない。ふうっと息を吐き、友氏が答える。
「領域を作ることはできませんが、探査ならもしかしたら……やってみます。」
友氏が精神を統一するために一度目を閉じる。そして再び開いたその両目で壁の一点を見つめる。そして壁に近づき、何もない虚空の取っ手をひねり壁を開ける。一度開けてしまえばなんということはない、それは単なる機械制御室への扉であった。
「扉自体はずっとここにありました。やはり何者かが隠蔽工作をして我々の認識を阻害していたようです。」
驚いた顔の天野と胡乱げな顔の只野に解説する。それぞれの表情が悔しげと納得感に変わる。
「でかしたぞ。”隠蔽されている”ということは、逆に”ここには見つかってはまずいものがある”ということだ。しかし罠がまだある可能性もある。慎重に行こう。」
永山がそっと扉の中に滑り込む。その後友氏、天野と続き、最後に殿を任されて少々不満げな只野が入る。戦力としては前衛のはずの只野だが、放っておくと真っ先に突撃しかねないため潜入では後ろを任されることが多い。
「これは……やはり……」
扉の中には異様な光景が広がっていた。頭部が損壊された人間の死体、血のついたヘッドギア、建物の管理とはおおよそ関係ないであろう細々とした電子機械。そして部屋の奥、巨大な機械の後で迸る紫電の光。その光がわずかにこちらを向いたような気がした。
「なんだ、君たちは。一川が言っていた実験材料とやらか?そうだな、君たちなら耐えられるかもしれん。軟弱な一般人とは違ってな。」
光の正体、その男は電気を纏っていた。いや、電気そのものであった。身体の全てが電流で構成され、その電力の迸りを持ってして光り輝いていた。そしてその目は電撃によって光り、執念によって曇っていた。
「おそらくはかなり高度のブラックドッグ持ちのレネゲイドビーイング!レネゲイド活性急激に上昇中、気をつけて!」
インカムから須磨の声が飛ぶ。一連の事件の最重要人物との邂逅に、各々が変身の動作を取る。話し合いなどといった友好的な空気でないことは明白で、戦闘は避けられないというのが一瞬で全員の共通認識となった。
「ここは私の研究室だ。物を壊されては困る。言葉にせねばわからぬとは愚かな。」
そう言うとその男、SHIN、は一瞬にして巨大な雷の鎚を生成して射出する。予備動作もなく放たれた一撃に誰もが反応できない。
「きゃあぁぁっ!」
鎚の直撃を受けた天野は絶叫の後その場に崩れ落ちる。身体の自由を奪われたようでほとんど身動きがしない。僅かに指先が動く事で唯一生存が確認できる。かすっただけの友氏も叫び声こそあげないが、同じように地面に倒れ込む。
「よくも正義の仲間をっ!」
その隙に走り込んでいた只野が必殺の拳を悪に向かって叩き込む。しかし、突如として二人の間に現れた帯電障壁によって阻まれる。只野が障壁に二発目の拳を叩き込むより早く、横なぎの衝撃波が到来し体が吹き飛ばされる。
「君たち意外と早く辿り着いたな。もっとかかると思ってたぜ。」
どこからか現れた一川は足元に転がる友氏の体を無造作に蹴りながらSHINへと近づく。永山は周囲の機械を集めて応戦しようとするが、SHINの能力によって押さえられており動かない。純粋なブラックドッグとしての出力の差で負けており、為すすべもない。
「それとボス、電力使い過ぎです。設備に回す分がなくなっちまう。」
地面に転がる只野の腹に蹴りを入れながら一川がSHINに忠告する。言葉の上ではSHINを立てているようだが本心から仕えているといったようではない。SHIN側もその程度把握した上で使っているのだろう。
「わかっている。そもそもはお前が持ってきたサンプルだろう。状態管理はお前がやるべき仕事だ。」
ただ仕事を命じているだけではない。暗にお前はどういう手を持っているんだ、どの程度私の役に立つつもりがあるんだというのを示すよう迫る。
「隊長……指示を……今なら。」
二人の注意が外れた瞬間を見計らって友氏が永山に指示を仰ぐ。行動を起こすなら二人の注意が互いに向いている今を置いて他にない。
「撤退だ……体制を立て直す。須磨君、逃走経路の案内を!」
その声を合図に永山が天野、友氏が正義をそれぞれ担いで廊下に出る。今のところ追撃はないが後ろを確認する瞬間も惜しいためそのまま全力疾走に移る。インカムからは須磨の声が響く。
「最短経路で行くよ! 出て左! そしてT字路を直進! ガラスをぶち破って脱出して! 着地方法は各自に任せた!」
着地点はAIが待機していた場所から三十メートルほど離れた芝生の上だった。永山は片手と両足を着いて着地、動きを取り戻した天野は猫の姿勢で着地、暴れる只野を押さえたままの友氏は受け身を取れず只野を地面に叩きつけるような形で地面にめりこむ。
「皆さん!これは一体……」
AIが驚いて駆け寄ってくる。
「説明は後です。まずはここを脱出します。」
そう言う永山の顔には苦味と焦りが均等に入り混じっていた。
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