第九章 死者の探し人

「これまでの話をまとめよう。つまりあなたはレネゲイドビーイングで浅野愛という既に死亡した女性の記憶を宿している。人を食べたいと思ったことはない。何か間違いがあれば訂正してほしい。」

 ここはB.I.N.D.S.永山隊の支部長室、天野に連れられてAIがやってきたのが1時間前。そこから永山が彼女から話を聞き出して得た結論がこれだった。バイサズオーヴァードではないという点は安心材料であると同時に、一方では一連の事件とは無関係である可能性も示唆していた。

「はい、間違いありません。そして深海信という男性を探しています。」

 AIは自らの目的が忘れられないように強調する。彼女にとってはそれこそが第一でその他の情報は付属物に過ぎないといった具合だ。

「しかし記録ではその深海信という男性は既に死亡したことになっている……君と同じ年に。」

 最後の一文を永山は言いづらそうに小声で付け加える。詳細な記録は手元にないが状況から考えて彼の死の原因は目の前の彼女に関係するものだろう。それを本人に伝えるのはやはり心が痛む。

「ええ、それも理解しました。辛いことですが。でも私には分かるんです、彼もまた同じような形で存在していると。」

 AIはなおも食い下がる。しかし永山のほう苦い顔をしている。関係ある二人が同じタイミングでレネゲイドビーイングとして覚醒するなどという偶然が果たしてあるだろうか。

「彼は"完璧なコミニュケーション"というテーマにずっとこだわっていました。だから、今もそのための研究をどこかでしていると思うんです!」

 そのような永山の冷たい態度には気付かず自らの想いを存分に述べるAI。その様子は誇らしげでそう簡単に否定するのはためらわれた。

「"完璧なコミニュケーション"ってことは少なくとも私達ではないことは確かね。最近じゃ理性を失ったジャームにすら連携で負けるくらいだし。」

 一瞬の沈黙の後、今まで黙って後ろで聞いていた天野が自嘲気味に言葉を挟む。永山も困ったような顔で天野を見る。その頭のの中では実際に隊の連携が不十分であるという問題が半分、もうこれ以上有益な情報を聞き出せそうにないAIの処遇をどうするかという問題がもう半分を占めていた。ひとまずAIの処遇を考えようと正面に向き直った永山だが、その頭脳に電流が走り天野の方を再度振り向く。

「待てよ……完璧なコミニュケーション、電磁波による実験、一川さんが上司と認める程の頭脳……AIさん、もしかしたら我々はあなたの力になれるかもしれません。」

 どうやら不確実ながらも今までバラバラだった点がつながって線になったようだ。永山の表情は先程までより明るい。その言葉と表情で詳しい状況が飲み込めないAIの顔にも笑顔が戻る。

「えっ、ちょっ永山さん急にどうしたんですか?」

 理解の追いつかない天野は説明を求めるように永山とAIの顔を交互に見比べる。しかし永山は自分の推理に整合性があるかの確認で資料を見返しながらブツブツ独り言を言っている。AIの方はそもそも話が分かってない上に協力してもらえる事がわかってはしゃいでいるだけだ。結局もう一度壁に背を預けてふてくされてしまう。

「いいわよ、後で葵に説明してもらうから。」

 一方で永山はその須磨に連絡を取り、なにかを依頼している。「条件に追加」や「再計算」などのワードが聞こえてくる。そして「それならシビュラで計算するまでもないんじゃない。」という返事が来る。そして永山が立ち上がり天野に告げる。

「次の作戦が決まった。1時間後に全員を会議室に集めてほしい。友氏君も含めてだ。」

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