第七章 愛の生まれるところ
その日は朝から雨だった。昨夜からしとしとと降り続いていた雨は次第に強くなり、やがては豪雨へと変わった。この豪雨は記録的な災害へと発展し、それにより堤防が決壊、川の水が溢れ浸水する家も何軒か発生した。その中の一軒、もはや持ち主が去り朽ちていくばかりかに見えた家に、新たな持ち主が誕生した。それは、過去にその家に住んでいた家族の娘であり、全くの他人でもあった。
「わたしは……そうか、あの人を探さないと。」
家に入り込んだ水と床に散乱した日記を媒体に生まれたそれは、使命感を帯びて動き出す。人の形をしたヒトではないものとして。
「今度こそ、伝えないと。」
彼女、AIには確信があった。自分がもう一度生まれたならそれは、あの人と会うため以外に理由はないだろうと。
そして彼女は雨の街を歩いた。しかし大学には既にあの人が在籍した研究室はなく、あの人の住んでいた部屋には全く違う名前がはめ込まれている。
あの人と歩いた川辺の道、あの人とよく行った紅茶のおいしい喫茶店、あの人がすぐに吸い込まれていく古本屋。どこにもあの人がいた跡が見つけられない。
あの人の両親は早くに亡くなって遠くに妹さんがいるだけと聞いたはず。一度一緒にお墓参りに行ったもの。一緒のお墓に入るのかなとぼんやり考えた憶えがある。こんな雨の中とは思いながらも他に手掛かりもなく墓地へ出向く。
「うそ……でしょう……」
その墓標には記憶より一人だけ多く名が刻まれていた。それこそは紛れもなくあの人の名前だった。
薄々感づいてはいた。知っている、でもどこか記憶と違う街の様子。小さなテレビ画面のようなもので電話らしき会話をする人々。何より水に飲まれる前から荒れていた我が家と自らの両親の不在。人間ではない自分という存在。
「もう、死んでいるのね……わたしもあの人も。」
声に出したことで認めざるを得ない。自分とあの人の死を。気づけば涙が溢れ、喉からは声にならない叫びが響いた。しかしその涙が両手いっぱいになるころにふと気付く。自分も死んでいるのに考え行動している。つまり、あの人も同じような存在となっているかもしれない。いやいるはずだ。
「探さないと……伝えなきゃいけないことが。」
AIはゆっくりと立ち上がり歩き出す。その胸に確かな希望を抱いて。
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