第六章 誘蛾灯
「結局収穫ゼロね。永山さんの方もさっきの連絡ではめぼしいものはなし。そしてここが最後のポイント。終わったら合流して支部に帰還。いい?」
矢継ぎ早に友氏に報告と指示を飛ばす。もう何箇所も何の痕跡もないポイントを回らされて天野はかなりいらついている。作戦に不満はないが、それでも成果が得られないのは腹立たしいらしい。
「分かってる。」
ここで余計な事を言うのは得策ではないと判断し、友氏は短く返事をする。そしてそれを合図に塀を乗り越え工場の敷地へと入る。須磨が指摘した共通点、それは"大量の電力を消費する場所"。大規模ショッピングモール、冷蔵冷凍倉庫、ホテル、サーバーセンター、そして今回の金属工場。市内の主な電力消費スポットを順に巡り、最後に残されたのがここというわけだ。
「とはいえここは望み薄のポイントだからどちらかというと合流地点として設定されたって感じだけどね。」
天野が現状を説明していく。友氏が喋らないため半ば独り言のように響く。いやいやではあるが、引き受けた以上はエージェントの立場としてイリーガルの友氏に対しUGNのやり方を指導するつもりはあるようだ。
「そう、だからこそここでお待ちしてたってわけだ。遅かったじゃないか、UGNの諸君。」
その返答は唐突に闇から発せられた。見れば、工場の内壁に沿って這わされた3階ほどの高さの通路に男が立っている。そして発せられたのは言葉だけではなかった。いくつもの雷撃が十字砲火となって押し寄せる。とっさに天野を庇った友氏の腕が焼け焦げる。その影で天野は攻撃態勢を取るが、うまく狙いを定めることができずまずは反撃より連絡を優先する。
「敵の攻撃を受けています! 援護を! ちょっと、あんたは誰なのよ! 姿を見せなさい!」
カラーの体内通信を経由して永山に必要最低限の情報を叫ぶと敵がいると思われる方向に向き直る。
「私かい? 私はまぁ永山君の古い知り合いってやつさ。だから君たちの相手は私じゃない、こいつらさ!」
謎の男の声とともに2階通路右側に一人、1階左側の出入り口に一人若い女性が現れる。どちらもその顔にもはや理性はなく、ただ敵対する存在を倒し、喰らうだけの怪物と化していた。先程同様二方向からの雷撃が二人を襲う。
「ちょっと! 私の射線に入らないでよ!」
「でも、君の方を狙ってる!」
友氏が防御と天野が攻撃と役割分担したいところだが、庇った友氏が天野の射線を塞ぐようにうまく誘導されてしまう。そのせいで攻勢に出れず徐々に削られていく二人。時折友氏が接近戦を仕掛けようとするも決定打を与えることができず、再び押されて防戦を強いられてしまう。
「見た目の詳しい情報は手に入らなかったからとりあえず年齢と背丈髪色だけ揃えてみたがどうやらビンゴだな?」
謎の男は満足げに呟く。天野はなんのことかわからず不快そうに鼻を鳴らすだけだが、友氏のほうには思い当たる節があるらしく敵から目を逸らしてしまう。
「待たせたな!正義は時に遅れてやってくるものなのだ!」
そこに工場の壁をぶち破り正義マン、もとい只野が現れる。その勢いのまま敵の女性ジャー厶に襲いかかる。その炎の拳が悪の胴体をブチ抜き、ジャームが動作を停止する。と、同時に斜め上方からの雷撃。
「味方の影から撃つとは卑怯な!」
倒した敵のちょうど影からの攻撃をまともにくらい、只野の右腕が沸騰、そのまま蒸発して消し炭となる。さらに二階足場に隠れていた伏兵が飛び降り距離を詰める。《リザレクト》により復活した右腕に再び炎を灯し、只野が白兵戦の構えを取る。警棒を持った男が二人、空中を走り只野を撹乱する。
「ジャスティス! まずは合流だ! 正義とはチームワークだろう!」
永山の指示が飛ぶ。明らかに突出した只野を狩るための罠であるが、本人は罠とわかっていても飛び込んでしまうため誰かが止めなければならない。
「やあ、遅かったな。元気そうじゃないか永山君。」
謎の男が永山に向かって旧知の友人のような口調で語りかける。それはこの戦闘の場にそぐわない、同窓会でたまたま出会ったかのような喋り方だった。そして男が自らの顔を見せるように窓から入る月明かりの下に歩み出る。
「あなたは……
「ちょっと隊長? 知り合いなんですか!?」
その声、その顔で明らかに狼狽している永山に天野が問いかけるも返事がない。有り得ない事が有り得るという筋道があったことに永山自身がまだ理解が追いついていない。
「あの時、あの場所で死んだ奴はたくさんいた。そして生きてた奴は私と君、二人いたというわけさ。もっとも、味方に喰われた不幸者は君が喰った一人だけだろうがね。」
唐突に暴露される己の過去に動揺を隠し切れない。前線では敵の警棒振り下ろしを捌いた只野が「味方を喰うとは悪ではないか?」という声と視線を永山へと向けている。
「隊長、敵の正体については後回しです。まずは生き残りましょう。クルスはジャスティスさんの援護を。一体一体は大した力はないので順に撃破を。僕が隙を作りますから撤退を!」
最初に動いたのは友氏だった。これはUGNはもちろん一川にも意外だったようで感心したような顔をする。指示を出した後、永山へと向かっていた髭面のジャームを切り伏せ、そのまま一川へと突進する。
「戦略としては間違ってないが、自分の能力をきちんと見積もれてないんじゃ不合格だな。」
切ったと思った一川の姿がゆらめき、数m後の工場出口の外に移動している。どうやら最初から本人は中におらず、蜃気楼を見せられていたことがわかるがもはや手遅れである。
「なに、今日はほんの挨拶代わりさ。また近々会うことになるだろうからよろしく。」
そこまで言って工場から出ていこうとする。が、そこで一旦立ち止まり天野に向かって声をかける。天野はちょうどプラズマカノンを放ったところで何も反応ができない。その一瞬の心の隙に一川は捨て台詞をねじ込んでいく。
「ああそれから、天野君、だったかな?その三人は誰も君を愛してはくれないよ。もし本当に君の事を理解して愛してくれる人が欲しいなら私の上司のところに来るといい。きっとピッタリの相手を用意してくれるさ。」
そうして一川は本当に去っていき、一川という司令塔を失ったジャーム達に対しUGNは辛くも勝利を収めた。しかし、戦闘を終えたUGNの四人の身体は傷だらけであり、その心はさらにひどい状態であった。
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