第四章 過去

「次は友氏君、少し話そうか。」

 支部長室と書かれた部屋から天野が出てくると同時に中から機械的な人工声帯の声がする。一方の天野はむくれたような顔をして足早に去っていく。最初は中から聞こえていた大きな天野の声が終盤にはすっかり聞こえなくなっていたことから、かなり厳しいことを言われていたのだろう。

「私の番はまだのようだな。少しトレーニングをしてくる。」

 只野はそう言い残して去ってしまい、休憩室には友氏だけが残された。先程の天野の様子を見ると気は進まないが、そうは言っても仕方ないので重い足をなんとか動かし支部長室に入る。支部長室と言っても大したものがあるわけではない。永山のデスクと椅子、その対面にもう一脚の椅子が置かれているだけで、後は壁を埋め尽くす本棚に様々な資料が詰め込まれている。

「さて、君の戦い方の問題についてだが、おそらく君なら自分自身でもわかっているだろう。」

 問い詰めるようではないが逃げられない重みのある声が永山から発せられる。

「君は、死に場所を求めている。いや、返答はいい。答えにくい質問だろうから。」

 声に出しての返事はなかったがその青い顔が正解を物語っていた。友氏の喉元を汗がつたい、その胃はしめつけられるような痛みを持ってこの場からの逃走を提案してくる。

「君の過去については資料は読ませてもらっている。バイサズ襲撃と覚醒、共に覚醒した恋人との逃避行。そして恋人を捕食。その後UGNによって保護。資料にはなぜ君が恋人を捕食したかの記載はなかったが、バイサズの衝動にはやはり……」

「違います。」

 それははっきりとした否定の声だった。その先を言わせまいと永山の言葉にかぶせるように畳み掛ける。

「あの時のことは今でもはっきりと覚えています。衝動を感じていたのは事実ですが、僕は決して理性を失っていたわけではありません。詳細は、その……」

「いや、言いたくないなら無理に言わなくていい。そうか、君は……」

 永山が考えるように手を額に当てる。なにかを言おうか言うまいか迷っているようだ。あまり明るい表情ではない。おそらくは永山にとってもあまり言いたくない事柄なのだろう。それでもゆっくりと口を開く。

「僕もね、昔同僚を食べた事がある。意識がない間の事とは言え今でもそれを悔いている。君も悔いているかい?」

 友氏は首を横に振る。しかし続く言葉は肯定でも否定でもない。

「僕には、わからないんです。あの時、彼女は『生きて』と言った。あの捕食を悔いるということは彼女の遺志を否定する事になるんじゃないか。でも、あれが正しかったとはとても……」

 最後には机に突っ伏して動かなくなってしまう。おそらくもうこれ以上話をしても頭には入っていかないだろう。

「今日はもうこのくらいにしよう。早く帰って休むといい。」

 永山がこれで終わりとばかりに立ち上がる。幽霊のような動作で立ち上がった友氏が緩慢な歩みで出口へと向かう。

(彼は裁きを受けようとしている。彼女への想いから死のうとし、彼女からの想いで生きようとする。我々にできることはなんだ?)

 永山の眉間の皺は友氏が出ていくのを見届けた後も険しくなる一方だった。

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